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第6話 きみも好き

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 中野ミネバは踊るようにリビングに入った。暖房の効いた室内は、芽吹く花には優しい世界。

「およ……」

「あ……、お兄ちゃん戻ってきた! 一体なにが……――」

 リビングに入るなりミネバは高崎愛絵と目が合った。

 兄を待っていた愛絵は驚いた顔をする。突然の来訪客。見ず知らずの女性にたじろぎ、兄へ視線を送る。

 一方のミネバは元気いっぱい。無邪気に笑う。

「わぁ~! かわいぃ~! なにこの子~!」

「あ……、あわわ……」

「触るな。涎まみれの手で」

「まみれてないもん! ちゃんとハンカチで拭いてます!」

「そういう問題なのか」

「恋音くんなに? この子! なんか……、犯罪の匂いがするぅ~!」

「ハンバーグの匂いだろ」

「デミグラスソースだね! じゅる……、なんかお腹空いてるから涎が……」

「お、お兄ちゃん? この人……一体」

「あぁ……、ストーカー」

「ストーカー!?」

「そう。変質者だよ」

「恋音くんなんてことゆーの! あたしはもう恋音くんと抱き合った仲でしょ!」

「お、お兄ちゃん!? 抱き合った!?」

「きみが勝手にくっついてきたんだろ」

「きみじゃない! ミ・ネ・バって呼んでってゆってるでしょ~が~っ! んもぅ~」

 中野ミネバは太陽のように活気を照らす。あまりの眩しさに愛絵は戸惑い、恋音は険しい顔をする。

「ま、とりあえず座るか」

 と恋音はミネバを席に案内する。ダイニングテーブル。空いている椅子は二つ。ミネバはその内の一つに座る。

 席に座るなり、恋音はため息をはき出す。いつも眠たそうな顔だが、一層に疲労感が垣間見える。愛絵と隣通しで席に座った恋音は、ミネバに妹を紹介する。


「え、妹? 恋音くんの」

「は、はい。高崎愛絵……です」

「え~っ、恋音くん妹いたんだ~っ、すっごい可愛い妹ちゃんだね~!」

「え……、あ、可愛いなんてそんな……、お姉さんこそお人形さんみたいに綺麗……」

「えへへ、あたし妖精だから」

「……妖精?」

「えへへ……、でも、な~んかどこかで見たことがある気がするぅ……、愛絵ちゃん……、愛絵ちゃん……」

 ミネバは顎に手を添える。記憶をたぐり寄せて、推理する様子は演劇のように、大げさ。

 少し経ち、「あっ!」と、鐘が鳴るように大きな声を出す。愛絵は驚いて、兄の洋服の裾を握る。恋音は無反応。

「愛絵ちゃん……、高崎愛絵ちゃんって……、あれだ! あの……、りんごの子!」

「あ……、は、はい……」

「ね! そーだそーだ! 世界中がりんごに見えるってゆー天才アーティスト! りんごの子! 高崎愛絵ちゃん! 知ってるよ~! テレビとかも出てたもんね! えっ、びっくり!」

「い、いやあのマナは……」

「え? て、ことはぁ……、光咲レインのお母さんって高崎友恋愛さん?」

「……、だったらなに?」

「えっ? すごいじゃん! なにその家系! やばいじゃん! だってレインのお母さんは天才現代アーティストで、妹ちゃんは次世代筆頭の個性派画家……、やばい家族じゃん!」

 恋音と愛絵の母――高崎友恋愛(たかさきゆりあ)は世界的現代アーティスト

である。

 絵画、作詩作曲、ファッションデザイン、舞台演出、映画製作……、等、多彩な才能は「天使」の異名を持つ。

 LOVE&PEACEをモットーに、愛に溢れた作風は世界中で狂信的ファンを生み出し続ける現代アート界の巨匠。

 活動のベースは現代画家。アニメ風のイラストで社会風刺

をする印象的ポップアートは、国際的に高い評価を受けている。

 演出家としても溢れる才気は止まらない。

 つい先日には米・ニュージャージー州のメットライフスタジアムにて行われたダンサー/シンガーのジョージ・アダムスのライブプロデューサーを務めたばかりだ。収容人数八万人を誇る巨大スタジアムをプロジェクションマッピングでハート一色に染めた演出は、話題を呼んだ。

 監督、脚本、演出を務めた映画「リバーサイドレインボー」は、カンヌ国際映画祭で特別賞を受賞したこともある

 一昨年にはフランス政府よりレジオンドール勲章を受けている。

 友恋愛は現代日本で知らぬ者はいない芸術、エンタメ界の傑物である。


「凄くないし……、僕はレインじゃないし」

「でも、高崎友恋愛だよ! あ~、そういえば友恋愛作品、そこに飾ってあるもんね……、そういうことだったのかぁ」

 ミネバは棚に並ぶ作品の数々へ視線を送る。友恋愛が描いたポップアートや製作したオブジェクトの隣には、りんごの絵が輝いている。

「お母さん……」

 愛絵は暗い影を落とす。見たくないものは、ペンキで真っ白に塗りつぶせたらいいのに、と思う。次世代現代アーティスト筆頭――高崎愛絵は、母を嫌っていた。

「お兄ちゃん……」

「よしよし」

 埃を落とすように恋音は愛絵の頭を撫でる。

 友恋愛は家にあまり帰らない。一年以上帰宅しないこともある。自由奔放。好奇心に支配された天使は、純白の翼で世界中を飛び回る。感性に任せ、感じたままに作品を作り、行く先々で人々を感動させる。

 根っからの芸術家、と母を表現する人は多い。そうかも知れない。

 愛絵の

 だが恋音は知っている。そんな母を、愛絵がよく思っていないことを。愛絵は有名だ。だが、愛絵を語る評論家は必ず友恋愛の名前を出す。母の才能を継いだ異才、として、取り上げる。愛絵は、生まれつき異質の感性を持っている。世界中が「りんご」に見える。「心の病気だ」という医者もいたが、愛絵は気にせず、自分の世界を表現した。それは愛絵の意思だ。母と比べられることは、愛絵にとって屈辱なのである。



――一時間後。

 窓の隙間で夜が輝いている。レースのカーテンはハートとりんご模様が編み込んである。それは七歳の時に愛絵が賞を受賞した記念に、友恋愛が手作りした作品。

「ぷはぁ~、あ~、食べた食べた~っ。お腹いっぱ~いっ。やっぱりお弁当はピーマンの肉詰めに限るね! 恋音くん!」

「そんな表現初めて聞いた」

「えへへ、じゃあ表現の幅が広がってよかったじゃん! 光咲レインの」

「……、なんでそんなにレインに拘るの? ファンだから?」

「きみは太陽。僕を照らしてくれる光だ。闇を照らして色づいていく世界は、鮮やかに美しい」

「……? きみ時々会話出来ないよね」

「ね! 紅茶も飲んで! この紅茶はね、最新の科学製法が使われていて、喉に効くんだって!」

「……う……、そうだな。ちょっと食べ過ぎた」

 食卓にはミネバと恋音。向かいあって夕食を囲んでいる。テーブルに並ぶのは、ピーマンの肉詰めやおにぎり。ミネバが持ってきた弁当である。

 既に夕食を済ませた恋音だったが、ミネバと共に再度食事をとった。理由は自分でもよくわからないが、食べたい、という気持ちになったのは間違いがなかった。

「ごくごく……、ん、美味い」

「でしょ~! これね! あたしの家でね、ちっちゃいころからずっと出てる美味しい紅茶なんだ~! 是非、恋音くんに飲んで欲しくて」

「愛絵も呼ぶか」

「えへへ……、でも愛絵ちゃん絵を描くのを邪魔したら悪いから」

「どの口が言うんだか」

 愛絵は創作活動をするために、既に部屋を後にしている。年末のコンテストに出品する予定なのだ。

「ねえ……、きみはなんでギターをやりたいの?」

「やっと訊いてくれた。恋音くん……、あたしね、光の円舞曲を弾きたいの。知ってる? 弾けばどんな願いでも叶うという伝説の楽譜」

「……さぁ、知らないなぁ」

「えへへ……、どうしても叶えたい願いがあるんだぁ。それでね、楽器を覚えるならギターがいいなって思って」

「ピアノとかの方がいいんじゃない?」

「ううん。だってやりたいことをやるのが一番いいって、きみが教えてくれたんだから。そうでしょ? 恋音くん」

「……音楽は世界最強の兵器だから……?」

「そ~だよ! 僕は戦う、歌うことで世界と戦う。音楽は僕を守る世界最強の兵器。じゃあきみは? ……そう言ってくれたのは、きみでしょ?」

「それは光咲レインだよ」

「関係ないよ。だからあたしもね。きみに武器を貰いたい。きみみたいに、かっこよくなりたいんだ」

「……、わかんない。でも……、いいよ。教えても」

「え? ほんと?」

「僕が弾ければ、だけどな」

「弾けるよ。だってきみは光咲レインだから」

「人違い……、なんだけどなぁ」

「えへへ……、あたしのこの蒼い瞳は真実を映し出す鏡なのだ。嘘を見抜いてしまうのだ。だから嘘ついても無駄だぞ~」

「中二病ですね」

「違うもん。レイン病です!」

「僕を病原菌みたいに言うな」

「あ……っ、いま……、僕って……」

「言葉のあやだ」

「えへへ……、でも、あたしはレインじゃなくても、きみでもいい」

「だめだろ。きみはレインが好きなんだから」

「ううん。光咲レインじゃなくても、きみも……、高崎恋音くんも好きだよ」

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