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第4話 たんぽぽ

 *

 実力テストもいよいよ大詰めです。最後に登場したのはブロンドの髪を持つ碧眼の若者でした。王位継承権第六位。王国の皇子です。

 皇子はグランドピアノを艶やかに弾きました。細く白い指先が、繊細で複雑な音色を響かせます。妖精は驚きました。皇子の体から、花が咲いていくのです。小さな黄色いつぼみが大きくなり、やがて空に上っていきました。

 花は鮮やかに色付きます。やがて太陽になって、ホール中を照らす光を放ちました。妖精は感動のあまりに涙しました。皇子の演奏する円舞曲は光の花になって妖精に飛んできます。皇子に渡された花はなによりも美しかったのです。


『舞台 妖精と円舞曲 第三曲 皇子より』 


 *


 放課後。

 校門を出ると傾いた太陽が微笑んでいる。

 恋音と有希乃は毎日、二人で下校する。家は隣通し。二人とも帰宅部で、放課後は特に予定もない。向かう先は同じだ。家までは歩いて二十分程度である。自転車を使わないのは、恋音が、「自転車は疲れる」と言うからである。「散歩も好きだし。ゆったり歩くのが好きだから」と恋音は言うが、有希乃は「恋音が自転車を漕ぐとすぐコケるから」と、内心思っている。


「――ねえ! 恋音くぅーん! 一緒にか~えろっ」

「またきみか。付きまとうのも大概にしてよ」

「えへへ……、やだ! あたしね、恋音くんにギター教えて貰うまでストーカーになる!」

「あ、あんたねぇ……、いい加減に――」

「えへへ……、恋音く~ん! ――ぎゅっ」

「あ……」

「恋音くんの腕、つっかまえた~っ。これでもう逃げられないね~! ギター教えて?」

「離して」

「じゃあギター教えてくれる? 光咲レイン。じぃ~」

「……、教えない。レインじゃない」

「えへへ……、近くで見たらやっぱりレインだ。カラコン入れて、金髪に染めたら、光咲レインだね。えへへ……、じゅる……、やだ、また涎出てきちゃったぁ」

「だらしないなぁ」

「しょうがないの! あたしね、なんか、昔から口の締まりが悪くて、出てきちゃうの。ハーフだからかな?」

「遺伝のせいにするな」

「もぅ~、冷たいなぁ~! まるでこの春風みたいだ!」

「じゃあきみは春風に飛ばされるたんぽぽかな」

「あっ、今のレインっぽい! レインの歌詞みた~い!」

「そう? ま……、いいや、帰ろ。有希乃」

「う、うん……」

「あたしも帰る~! ガシ――ッ。――ぎゅうう。あたしもね家そっち方面なんだ~」

「ふぅん。歩きなんだ」

「ちょ、ちょっとあんた……、その腕……、掴むの……、離しなさいよ」

「え? なんで? いーじゃん! 二人って付き合ってるわけじゃないんだよね?」

「う、うん……、だけど」

「だったらいーじゃん! あたし恋音くんだーい好きだし!」

「僕じゃなくて光咲レインが好きなんだろ」

「えへへ……、恋音くんはレインでしょ」

「きみって幻覚とかよく見える人?」

「うんうん! 光咲レインがギターを教えてくれる夢をよく見るよ!」

「夢は夢なんだよ、中野さん」

「ミ・ネ・バってゆってってゆってるでしょ~、恋音く~ん」

 ミネバは恋音の右腕に両手でしがみついている。宝物を抱きしめるように、恍惚の顔をする。口から零れるのは笑みと、涎。時々、恋音の服に擦りつけようとして、怒られている。――蹴りとばしてしまえばいい、と有希乃は思うが、恋音は花を愛でるように、優しい口調。まんざらでもない様子に思えて、一層に苛立つ。

「ねえ、あのさ恋音。なんで焼きそばパンの券使わないの?」

「あ~……、うん。使うよ。今度」

「今日だって券があったら先に買えたんじゃないの?」

「あぁ……、そうだよね。つい、忘れちゃうんだよ」

「焼きそばパンの券って……、もしかしてアレのこと~? 去年のミスコンの景品! 桃井さんが三位になった!」

「……、一位はあんたでしょ。ほんとは」

「えへへ~、まぁね~。じゅる……、でもあたしは出ない方がい~かなぁって思って出なかったの!」

「けッ……、嫌味な女」

「ん? 桃井さんなんか言った」

「なんも! 言ってない」

 聖愛学園高校では毎年、文化祭でミスコンテストが行われる。三十年来の伝統行事だ。去年、一年生だった有希乃は初出場で三位になった。一位と二位は三年生。一年生で三位になったのは快挙だった。三位の景品は購買の焼きそばパン一年分。今年度用である。普段は認められていない「予約」も可能とする特待付きだ。

 ミスコンでは普段と違う化粧をした。ラメの入ったリップを塗った妖艶な有希乃は、異性も同性も惑わす色気を醸し出していた。健康的な美脚は眩しく、大きな瞳は純粋さと儚さを併せ持ち、観衆を魅了した。

 身長は平均程度。顔は丸顔。栗色の髪はくせっ毛で普段はショートボブにしている。飾らない性格は好かれやすく、素直で愛嬌もある。有希乃は異性にモテる。何度か告白されたこともあるが、まだ誰とも付き合ったことはない。


「私はママがお弁当作ってくれるから……、親がいないあんたにあげたのに……、なんで無くすのよ。バカ恋音」

「無くしてないよ。……どっかに、ある」

「じゃあどこにあるの?」

「……、それはわかんないけど、捨ててないのは確かだからどこかにある」

「それを無くしたって言うのよ! バカ!」


 有希乃は感情のままに恋音を蹴りとばした。

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