第4話 たんぽぽ
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実力テストもいよいよ大詰めです。最後に登場したのはブロンドの髪を持つ碧眼の若者でした。王位継承権第六位。王国の皇子です。
皇子はグランドピアノを艶やかに弾きました。細く白い指先が、繊細で複雑な音色を響かせます。妖精は驚きました。皇子の体から、花が咲いていくのです。小さな黄色いつぼみが大きくなり、やがて空に上っていきました。
花は鮮やかに色付きます。やがて太陽になって、ホール中を照らす光を放ちました。妖精は感動のあまりに涙しました。皇子の演奏する円舞曲は光の花になって妖精に飛んできます。皇子に渡された花はなによりも美しかったのです。
『舞台 妖精と円舞曲 第三曲 皇子より』
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放課後。
校門を出ると傾いた太陽が微笑んでいる。
恋音と有希乃は毎日、二人で下校する。家は隣通し。二人とも帰宅部で、放課後は特に予定もない。向かう先は同じだ。家までは歩いて二十分程度である。自転車を使わないのは、恋音が、「自転車は疲れる」と言うからである。「散歩も好きだし。ゆったり歩くのが好きだから」と恋音は言うが、有希乃は「恋音が自転車を漕ぐとすぐコケるから」と、内心思っている。
「――ねえ! 恋音くぅーん! 一緒にか~えろっ」
「またきみか。付きまとうのも大概にしてよ」
「えへへ……、やだ! あたしね、恋音くんにギター教えて貰うまでストーカーになる!」
「あ、あんたねぇ……、いい加減に――」
「えへへ……、恋音く~ん! ――ぎゅっ」
「あ……」
「恋音くんの腕、つっかまえた~っ。これでもう逃げられないね~! ギター教えて?」
「離して」
「じゃあギター教えてくれる? 光咲レイン。じぃ~」
「……、教えない。レインじゃない」
「えへへ……、近くで見たらやっぱりレインだ。カラコン入れて、金髪に染めたら、光咲レインだね。えへへ……、じゅる……、やだ、また涎出てきちゃったぁ」
「だらしないなぁ」
「しょうがないの! あたしね、なんか、昔から口の締まりが悪くて、出てきちゃうの。ハーフだからかな?」
「遺伝のせいにするな」
「もぅ~、冷たいなぁ~! まるでこの春風みたいだ!」
「じゃあきみは春風に飛ばされるたんぽぽかな」
「あっ、今のレインっぽい! レインの歌詞みた~い!」
「そう? ま……、いいや、帰ろ。有希乃」
「う、うん……」
「あたしも帰る~! ガシ――ッ。――ぎゅうう。あたしもね家そっち方面なんだ~」
「ふぅん。歩きなんだ」
「ちょ、ちょっとあんた……、その腕……、掴むの……、離しなさいよ」
「え? なんで? いーじゃん! 二人って付き合ってるわけじゃないんだよね?」
「う、うん……、だけど」
「だったらいーじゃん! あたし恋音くんだーい好きだし!」
「僕じゃなくて光咲レインが好きなんだろ」
「えへへ……、恋音くんはレインでしょ」
「きみって幻覚とかよく見える人?」
「うんうん! 光咲レインがギターを教えてくれる夢をよく見るよ!」
「夢は夢なんだよ、中野さん」
「ミ・ネ・バってゆってってゆってるでしょ~、恋音く~ん」
ミネバは恋音の右腕に両手でしがみついている。宝物を抱きしめるように、恍惚の顔をする。口から零れるのは笑みと、涎。時々、恋音の服に擦りつけようとして、怒られている。――蹴りとばしてしまえばいい、と有希乃は思うが、恋音は花を愛でるように、優しい口調。まんざらでもない様子に思えて、一層に苛立つ。
「ねえ、あのさ恋音。なんで焼きそばパンの券使わないの?」
「あ~……、うん。使うよ。今度」
「今日だって券があったら先に買えたんじゃないの?」
「あぁ……、そうだよね。つい、忘れちゃうんだよ」
「焼きそばパンの券って……、もしかしてアレのこと~? 去年のミスコンの景品! 桃井さんが三位になった!」
「……、一位はあんたでしょ。ほんとは」
「えへへ~、まぁね~。じゅる……、でもあたしは出ない方がい~かなぁって思って出なかったの!」
「けッ……、嫌味な女」
「ん? 桃井さんなんか言った」
「なんも! 言ってない」
聖愛学園高校では毎年、文化祭でミスコンテストが行われる。三十年来の伝統行事だ。去年、一年生だった有希乃は初出場で三位になった。一位と二位は三年生。一年生で三位になったのは快挙だった。三位の景品は購買の焼きそばパン一年分。今年度用である。普段は認められていない「予約」も可能とする特待付きだ。
ミスコンでは普段と違う化粧をした。ラメの入ったリップを塗った妖艶な有希乃は、異性も同性も惑わす色気を醸し出していた。健康的な美脚は眩しく、大きな瞳は純粋さと儚さを併せ持ち、観衆を魅了した。
身長は平均程度。顔は丸顔。栗色の髪はくせっ毛で普段はショートボブにしている。飾らない性格は好かれやすく、素直で愛嬌もある。有希乃は異性にモテる。何度か告白されたこともあるが、まだ誰とも付き合ったことはない。
「私はママがお弁当作ってくれるから……、親がいないあんたにあげたのに……、なんで無くすのよ。バカ恋音」
「無くしてないよ。……どっかに、ある」
「じゃあどこにあるの?」
「……、それはわかんないけど、捨ててないのは確かだからどこかにある」
「それを無くしたって言うのよ! バカ!」
有希乃は感情のままに恋音を蹴りとばした。