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第2話 小夜曲

2

 *

 春。

 妖精は難関試験を突破し、魔法音楽院に入学しました。

 新学期。王都ウルクでは独立記念日を祝うお祭りが盛大に執り行われました。居城の前には国王以下皇子八名、皇女一二名が一堂に会し、ひと目見たさに無数の人が集まりました。

 入学式を終えた妖精は、颯爽と学校へ登校しました。同級生は国中から選りすぐられた一五歳の少年少女です。ピアノ、バイオリン、チェロ、トランペット、コントラバス、クラシックギター……、その道の天才ばかりです。

 楽器を一切弾けない妖精はすぐに話題になりました。魔法は楽譜を正確に奏でなければ発動しません。複雑になればなるほど、歌唱という方法では限界を覚えます。

 同級生は懐疑的でした。一方で妖精は自信満々でした。自分の歌は世界一だという確信があったのです。

 初めての授業。魔法音楽院の大ホールで実力テストが行われました。各々が得意の魔法を披露します。魔法石が組み込まれた専用の楽器を持ち、ある者は行進曲を披露し大波を発生させました。またある者は輪舞曲で火柱を立てました。誰も彼もが特別な才能を持っています。

 妖精の番です。楽器はなにもありません。楽譜も、ありません。妖精は楽譜を読むことが出来ません。妖精にあるのは、絶対音感です。一度聴いた音楽は、一音一音、全て解析することが出来ます。

 大ホールの舞台。ホールには結界が張り巡らされ、なにをしても壊れることがありません。

 妖精は大きく息を吸いました。観客席の同級生は失笑しています。

 妖精は自信満々です。首元には魔法石のネックレス。堂々と、歌い始めました。美しい小夜曲(セレナーデ)です。故郷に伝わる伝統的な歌でした。魔法石を用いれば、儚く悲しい、けれど淑やかな夜と星を作り出します。瞬く間にホールは闇で覆われ、煌びやかな星が瞬きました。

 驚くべきはその範囲です。ホールの隅々まで届く効果範囲は、妖精の圧倒的な声量があるからこそでした。

 歌詞は収穫祭の夜を楽しむ村人たちを描いています。綿飴をほうばる子供と、見守る家族の情景。愛しい人と夜を眺める恋人たちの風景。星々は星座になり、歌詞にこめられた意味を、星の絵にしていきます。

 生徒たちは圧倒されました。幻想に引き込まれ、時間を忘れます。

 ほんの九〇秒。たったその間に、妖精はクラスを自分のものに変えてしまいました。歌が終わった後、笑い声はもう聞こえてきません。妖精は自信がありました。

「私は天才! この学校で一番になって、光の円舞曲を見つけるの!」

 妖精は宣言しました。その夢を笑う人は誰も、どこにもいませんでした。


『舞台 妖精と円舞曲 第二曲 小夜曲より』

 *


 聖愛学園高校。

 開いた窓から風が颯爽と現れる。二階の廊下。水分をふくんだ風は、恋音の髪を攫っていく。連れて行かれないように、そっとメガネを掛け直す。十二時の太陽は暖かい。春風の冷たさを忘れるくらいに、恋音を照らす。

 昼休み。

 恋音は蒼い空を見あげながら、廊下を歩く。遠い目は昨日を思い出している。置いてきた昨日は、風に乗って恋音に付きまとう。どこまでも追いかけて離さない。


――ドシャァアアン。


 突然に恋音は転倒した。廊下の隅に置いてあった机にぶつかって転んだ。机には黒板消しクリーナーが乗っていた。恋音は真っ直ぐに机にぶつかり、盛大に転んだ。

 有希乃は、後ろからそれをハッキリと見ていた。ぼんやりと空を眺め、前を向かず歩く恋音が、あまりにもバカに思えて、心配になった。


「……あんた、なにやってんの?」

「……昼寝」

「バカじゃないの? 黒板消しにぶつかって転ぶとか。どんだけぼんやりしてんのよ」

「……ケホケホッ……、う、うるさいな。こ、これはそう! 太陽が目に入ったんだ!」

「眼鏡変えたら? 見えづらいんだったら」

「大丈夫」

「あんたそんな調子じゃ……、いつか車に轢かれて死んじゃうんじゃうよ?」

「そしたら異世界転生出来るから大歓迎」

「アホか。そういう意味で言ってるんじゃないわよ。バカ恋音」

「転生するなら……、そうだな。音楽に溢れた魔法の世界がいい」


――バシンッ。


「い――ッ、だから蹴るなって言ってんだろ。有希乃の蹴りは痛いんだから」

「うるさい! もうあんたなんか死んじゃえ! 人の気も知らないで!」

「……は、はぁ? なに言ってんだよ。お前」


 有希乃は勢いよく恋音のすねを蹴った。スカートがひらひらと揺れる。生足はぎゅっと締まっている。肉厚な太ももは、健康的な女子高生そのもの。

 険しい顔で頬をふくらませる。心は素直になれないが、顔はよく喋る。太眉に長いまつげ。上がった目尻に、大きな瞳。化粧は薄いが、美少女と表現するには相応しいルックス


「……ところであんたお昼ごはんは?」

「いや、居眠りしてたら間に合わなくて。みんな売り切れ」

「相変わらず鈍くさいわね。ハハハッ、どうりで女の子にモテないわけだ」

「有希乃だって彼氏いないだろ」

「わ、私は別にぃ~、作ろうと思えばいつでも作れるし……、ただ今はそういう気持ちになれるいい男がいないだけで……、ゴニョゴニョ……」

「は? なんだって?」

「うるさい! と、ともかく……、ご、ご飯ないんだったら、食べる? 私のお弁当」


 恋音は昼食を購買で済ましている。学食もあるが人混みが嫌いで滅多に食べない。購買は昼休み開始と同時に営業開始だが、全校生徒が押し寄せるため、すぐに売り切れてしまう。恋音は四時限目の途中から居眠りをしていた。目が覚めたのは、つい先ほど。勿論、間に合わず、手ぶらで教室に戻ってきたところだった。


「え? いいの?」

「う、うん……、あんた小食だし、なんか食事に興味なさそうで、ほっといたらなにも食べずに餓死しそうで恐いし……」

「僕をなんだと思ってるんだ、一体」

「い、嫌だったらいいわよ! 別に! 私だってお腹空いたし、私が食べるから」

「あぁ、うん。そうだよ。有希乃のご飯なんだから有希乃が食べなよ。せっかくおばさんが作ってくれたんだし」

「い、いやぁ、それがその……、今日、ママ間違えて二つ作っちゃったみたいで……、お弁当」

「二つ? 間違えて? はは……、うっかりだねぇおばさんも」

「ほんとよ! ママと恋音どっちもバカだから私は本当大変なの!」

「はは……、じゃあ、まぁ、二つあるなら、ありがたく食べさせてもらってもいい?」

「うん! いいよ! じゃあ教室行こ! ね!」


 有希乃は嬉々とした笑顔で言った。口角があがり、鼻歌を歌うように声が弾んでいる。手も足も躍るよう。キビキビと動く足跡に、煌びやかな音が鳴っている。有希乃は恋音の手を握って、教室へ入った。



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