交差点に風が吹けば
風が吹いた。
「えーん!」
お気に入りの帽子を飛ばされて、女の子が泣き出した。
「泣きたいのはこっちだよ」
カフェのテラス席で女は煙を吐き出した。
なにしろオーディションはすべて落選。
もうスターになる夢は諦めて、田舎に帰るしかないのだ。
「はああぁ」
コーヒーカップの底に男はため息をこぼした。
なにしろ仕事は不振続き。
業績は上がらず、このままでは降格されてしまう。
「これは正義のための聖戦だ。しかし」
薄暗い一室でただひとり、テロリストは思い悩んでいた。
それを実行すれば、たくさんの異教徒たちが命を失う。
しかしそれは本当に正義なのか。
「よし!」
女が立ち上がった。
田舎育ちだから木登りには自信がある。
街路樹にするする登ると、枝に引っ掛かった帽子をとって少女に手渡してやったのだ。
「彼女、カッコいいなぁ」
ありきたりの女だと、ついさっきまでは目に留めていなかったのに。
「うん、いける。いけるぞ!」
男は次のCMに彼女を起用することを思いついたのだ。
彼女ならば、きっとヒットする!
「ねえねえお父さん、さっきね」
父親が戻ってくると、娘は見知らぬお姉さんにしてもらったことを嬉しそうに話した。
「それはよかったな。ああ、本当によかった」
父親もまた娘と同じ笑顔になった。
娘にとって、ここは恩人が暮らす国である。
爆弾を仕掛けるわけにはいかないではないか。