僕と彼女と少女
何だか呆気ないお別れだった。
本来僕等にご主人様が亡くなったことなど知らせに来る人なんていないのだから。
結論から言えばご主人様は1ヶ月も前に亡くなっていたらしい。
彼女の方を向くと瞼を伏せていた。眠っている訳では無い。
きっと人間なら涙を流しているのだろう。
「大丈夫?」
「…新しいドレスを着せてくれる人はもう居ないわね」
軽口を叩いた彼女。
不謹慎、というものなんだろうか。それでも現実を飲み込んで理解しようとしているようだった。
慰めはいらなそうだ。
その時
「お母さん、この部屋は?」
「おばあちゃんの趣味の部屋よ」
声がした。一瞬ご主人様の声かと思いピクリと体が弾むんだが2人の声はご主人様よりも若そうだった。
カチャン
鍵が開く音がする。
開けられなかった扉が開くと廊下の涼しい空気が部屋に入ってきた。
「わぁ!びっくりした!人がいるのかと思った!」
「おばあちゃん…こんな大きい人形まで持ってたのね…しかも2体も…アンティークかしら…?」
部屋に入ってきた2人の女性は僕等を見るや近づいてくる。
そしてさらりと彼女の髪に触れ始めた。そして綿埃を1つ摘んで床に落とす。
「綺麗な人形…でもホコリがいっぱいついてる」
「長いこと放置だったからね」
「櫛で梳かしてあげなきゃ!」
手入れしないと高く売れそうにないわと呟く女性に少しドキリとした。
売られてしまえば彼女と離れ離れになってしまう。お互い意思のない人形として本来の目的として使われることになるのだ。
いや、中古品として売れずそのままゴミとしてバラバラに…
嫌な想像だけが頭をよぎる。
彼女もすましてはいるが少し嫌そうな顔をしていた。
しかしもう1人の女性、いや僕等と見た目はほとんど変わらない年齢の少女がむっとした顔で売ろうとしていた女性に「えぇー!」っと声を荒らげたのだ。
「私この子達が欲しいわ。欲しいもの選んでいいって言ってたでしょ」
少女は売るなんてとんでもないと講義をする。
女性は少し困ったようにそれでも遺産相続が分配が…と言ってはいたが少女の強い希望により僕等は彼女のものとなった。
「全く…この部屋はあなたが掃除するのよ」
「ありがとうお母さん!」
晴れやかな表情を浮かべる少女に女性は呆れたように笑う。
「別の部屋にドレスがいっぱいあったけれどこの子のかしら。人形相手にあんなに量も要らないでしょうにおばあちゃんの少女趣味にはほとほと困りものだわ…」
「私は好きだったけどなぁおばあちゃんの趣味」
「とりあえず人形2つはあなたにあげたんだから売れそうなドレスは売るわよ」
ええ~っと少女がつぶやくと2人はドアから出ていった。
パタンと扉は閉まり彼女がふぅ、とため息を吐いた。
「残念だったね」
「何よ」
「ドレス。大事だったのに売られるみたいだよ」
「ああ…それね」
別にいいわと呟いた彼女に少しびっくりした。
いつもならぼやいてそうなものだが
「あなたと…離れ離れにならなくてよかったわ」
「………はぁ~~~~」
深いため息が出る。
急に可愛らしいことを言うじゃないか。気の強い彼女が弱るとこんな風になるなんて反則だろう…。
触れたい、そう思った時には体は動いていた。
彼女の上に覆いかぶさってドレスを踏むなと文句を言うその唇にキスをする。
「んっ、今日は人がいるの…動いてるのがバレたら…っ」
「バレるもんか。今は君のドレスでも見てるだろ」
ガチャ
「櫛見つけ…っえ!?」
突然ドアが開いた。
少女がこちらを見て目を丸くしている。
「う、うご…」
「あっ…」
「バカ…スケベ…」
とりあえず離れてと僕の肩を少し強く押された。ソファの背もたれに当たって座り直す。
「あっ…えっと…」
「…ご主人様、とりあえず扉を閉めてくださる?」
凜とした態度で少女に話しかける彼女。
その姿は見た目に相応しいどこかの国のお姫様のようだった。
問われた少女も「は、はいっ」と部屋の中に入りドアを閉める。
「ありがとう」
「あ、あの、あなた達は人間なの…?」
少し脅えているようだった。まあ無理もないだろう。
前のご主人様の時だって動いているのがバレないように過ごしていたのだから。
まだお化けだなんだと騒ぎ出さないだけマシだ。
「僕達は人形だよ」
「でも動いてる…」
「あなたの前でだけよ、ご主人様」
あなたの前でだけと付け足した彼女。
そんなことは無い。他の人の前でも動こうと思えば動くことは出来る。
それでもきっと彼女には何か考えがあるんだろう。
彼女は少女の方へ歩き出しまだ少し怯えている様子の少女の前に跪く。
「私の前でだけ?」
「あなたが私達のご主人様になってくれたからよ」
「ご主人様…」
「さっきは私達を守ってくれてありがとう」
少女の右手を優しく手に取りキスをする。
少し赤く染まる頬に怯えはなかった。
自分だけが知ってる秘密の動く人形
なるほど、少女趣味が好きな子には効くんだろう。
「よろしくね、ご主人様」
僕ももう片方の手にキスをする。
血の通ったその肌は柔く暖かく
いつも這わせていた彼女の肌とは違うそれに少し驚いた。
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「ところでさっきは何していたの?」
落ち着きを取り戻したご主人様を小さな椅子に座らせ少し他愛のない会話をしていた時ご主人様が思い出したかのように聞いてきた。
年端も行かない少女にちちくり合っていたなど言えるわけなどなく
僕がどう言い訳をしようかと思って考えていると
「私のドレスを売るって言うから飛び出そうとしたら止められたのよ」
彼女がすまし顔でそう答えた。
相変わらず誤魔化すのが上手いな君は
クツクツと笑いそうになり咳払いで誤魔化す。
「あ…お母様になるべく売らないでって言っとくね」
「本当に!!?ご主人様大好き!」
すまし顔だった彼女が笑顔になりご主人様に抱きつく。
少し苦しそうなご主人様が手をパタパタと仰がせていた。
しばらく見ていなかった嬉しそうな彼女の顔を堪能していたかったが2人を引き剥がす。
「君、今埃まみれなんだからご主人様が汚れるだろ」
「何よ人をバイ菌みたいに」
「あはは…明日から部屋の掃除とあなた達も綺麗にしようね」