第六王子は敵国のメイドに恋をする(前編)
「女騎士は衛生兵に恋をする」でちらっと登場した「バカ王子」が主人公のお話です。
全3部構成。
それは隣国との戦争が勃発する3年ほど前のこと。アクーラ王国の玉座の間にて。
「第六王子ミハイル・エレミエフ・アクーラに、隣国への留学を命じる。この国のために少しは役に立て」
第六王子のミハイルは金色の髪に翠緑の瞳を持った15の少年である。見た目だけで言えば完璧な王子なのだが、彼には大きな欠点がある。
「なんで俺なんですか。面倒くさい」
極度の面倒くさがり屋なのである。王族専属の教師たちから逃げ回り、数か月で匙を投げられた。巷では「顔だけ王子」や「バカ王子」など言いたい放題言われている。民からは馬鹿にされ、兄や姉たちからは見向きもされない。
しかし彼を知る者は後に語る。
ーあいつを侮った時点でアクーラ王国は終わっていたのだ、と。
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ガタガタと座り心地が最高に悪い馬車に揺られながら、少年は黒い笑みを浮かべる。
ー思惑通りにこの国を出ることができた
アクーラ王国からは第六王子の俺が、隣国のホワール王国からは第三王女がそれぞれ留学に出された、名目上は交換留学となっているが、要は体のいい人質である。両国の間では数十年前から水面下で争っており、実際に戦争が起きるのも時間の問題だ。そんな中での情勢下での交換留学に何の意味があるのか。まぁ俺はお飾りで本命は一緒に着いてきた使用人という名の諜報員たちが得る隣国の情報だろう。
俺はこの日のために今まで無能を演じてきたといっても過言ではない。有能だとバレれば兄弟たちから目を付けられ、第三、第五王子のように暗殺される。だからこれまで教師たちから逃げ、王族の義務も放棄してきた。期限は5年と言われたが、おそらくそれより先に戦争が始まる。だから俺はその前に逃げる。それはもう全力で。与えられた猶予は多分3年ほど。それまでにコネ、力、知識を隣国で身に着けて俺は自由になる・・・!
馬車から降りて、隣国の使用人と合流する。メイドはこちらで用意すると言ってきたので連れてきてはいない。きっと監視役だろうな。
「今日から殿下付きメイドに任じられた、ソフィー・ルーと申します」
皺一つないメイド服を着て現れたのは、黒髪のひっつめ髪の女だった。見たところ二十代後半といったところか。こうして王城で働いているということは社交界で売れ残ったんだろうな。唇に薄く紅を差している以外に化粧をしている様子もない。初対面からにこりともしない可愛げのない女だが、どこか落ち着く。
「陛下がお待ちです。玉座の間に案内いたします」
「へーい」
どこの国でも玉座の間って似たようなもんなんだなーと内装を見ていたら、後ろに控えていたメイド、ソフィーに背中をつつかれた。メイドにつつかれるなんて初めての経験だ。驚いて思わず後ろを振り返ってしまう。すると顎で「前を向け」と指図された。この国のメイドはこれが普通なのだろうか。あぁ楽しくなってきた。言われた通り前を向いて、隣国の王の話を右から左に流し、適当に返事をする。頭の中はソフィーのことで頭がいっぱいだ。俺が適当に返事をしていることにソフィーが気づいたのか冷たい視線を背中に感じる。この人質生活、思ってた以上に面白くなりそうだ。
それからというもの、暇さえあればソフィーの反応見たさに色々なことをしている。
服を着崩してみると、
「殿下は服もまともに着れないのですか」
と蔑みの目で見られ。
後ろから驚かせてみると、
「あーはいはい。驚きましたよー」
とシーツを片付ける片手間に棒読みで言われた。
「ミハイルは相当な変態だよね」
この半年の間に仲良くなった同い年のホワール王国第二王子、ジャック・シュヴァリエ・ホワールに呆れ気味に言われた。失敬な。
「変態いうな。俺は好奇心が人より少しばかり強いだけだ」
「好奇心猫を殺すってね。嫌われない程度に頑張りなよ」
「なぁジャック」
「なんだい?」
「ソフィーの笑った顔って見たことあるか?」
「うーん・・・彼女とはそれなりに長い付き合いだけど、笑った顔は見たことないかな」
「そうか」
笑った顔を見たことがないと聞いて安心する。俺がソフィーを笑わせることができたら初めて笑顔を見た男ってことになるだろ?
「いっつも真面目な顔してるソフィーの笑った顔、見てみたいよね」
「お前には見せない」
「・・・笑顔を見てから言いなよ。そのセリフ」
「・・・」
なんでジャックにはソフィーの笑顔を見せたくないと思ったのだろうか。さっきもそうだ。ジャックがソフィーと付き合いが長いと聞いて、腹の中でどす黒い感情が蠢いていた。
「あれ?もしかして気づいてないの?」
「・・・・・・なにが」
こいつ俺の心の声でも聞こえているのか。気づいてないってどういうことだよ。
「ソフィーのこと、好きなんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「ミハイルは頭がいいのに馬鹿だよね」
好き?俺が、ソフィーのことを?じゃあさっきのは嫉妬か?自分の気持ちを自覚したと同時に顔がだんだんと赤くなってくる。この部屋に俺とジャック以外いなくてよかった。
そうか、俺はソフィーのことが好きなんだ。そうとわかれば行動あるのみ。ものすごい速度で計画を練っていく。国、身分差、年の差、戦争、これらは障害になり得ない。俺とソフィーの邪魔をするものはなんだろうと排除する。そのためにも協力者が必要だ。
「その顔なんか良からぬことを企んでいるな。友よ」
「お前にとっても悪くない話だが、乗るか?」
ジャックは深く息を吐いて目を閉じる。
「引き返すなら今しかないが」
「君の話を聞かせてもらおうか」
開いた瞳には覚悟の色が浮かんでいた。協力者、いや心強い共犯者ができた。
「そろそろ世代交代だ」
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それはミハイルがホワール王国に訪れる数日前のこと。
「ソフィー・ルー、君には隣国の第六王子の監視をしてもらいたい」
「ミハイル・エレミエフ・アクーラ殿下のことでしょうか?」
「そうだ。彼が不審な動きをした場合、即座に知らせてほしい」
「承知いたしました」
私は王城でメイドを務めております、ソフィー・ルーと申します。これでも伯爵家の三女ですが、男性に興味はない、仕事が忙しいなどなど理由をつけ社交界から逃げていたらいつの間にか「売れ残りのメイド」という大変不本意なあだ名をつけられてしまいました。父からは呆れられ、「もう仕事と結婚しろ」と言われてしまいました。仕事好きなので好都合ですけど。15のときから働き始めて今年で12年目、いつの間にかメイド長にまで上り詰めてしまいました。ちなみにモノクルが似合う彼はわが国の宰相を務めるお方です。この人も独身なので勝手に同族扱いしています。「女嫌いの宰相」と呼ばれています。あだ名もついているあたりに親近感がわきます。
さて、ミハイル殿下をお迎えするにあたって急いで準備を進めなければいけません。その作業と並行してミハイル殿下の情報収集もしなければ。
ミハイル殿下の情報はすぐ集めることができました。といっても実のない情報ばかりでしたが。「極度の面倒くさがり屋」「バカ王子」など。これは実際に会って為人を把握するしかなさそうですね。
殿下をお迎えして早一年。私は殿下に構い倒されています。一体私は何を間違えたのでしょう。初対面で殿下の背中をつついたことが悪かったのでしょうか。最初の半年は小さい子供のような行動をする殿下を適当にあしらっていただけでしたが、あの日を境に殿下の行動に変化が見られました。朝は親しくなられたジャック殿下と剣の稽古をし、昼はあちこちに出かけ、夜はたくさんの書物を読みふけっていらっしゃいます。毎日毎日絡んできた殿下が急に何もしてこなくなったので、とても仕事が捗りました。ですがなぜでしょう。少し寂しいと感じる自分がいるのです。そんな気持ちで働いていたからでしょうか、ある日うっかり花瓶を割ってしまったのです。
「お騒がせして申し訳ございません、殿下」
こんなミスをした自分が情けなくて、思わず下を向いてしまいます。
「ソフィーに怪我はない?顔色も悪いし、少し休んだら?」
「殿下は、私のことが邪魔になりましたか?」
「へ?どうしてそんなことを・・・」
「殿下が急にそっけない態度になるので、私なにか気に障ることでもやってしまったのかと」
「待って、ソフィーは悪くない。悪いのは俺、全部俺が悪いから、だから」
泣かないで、と殿下に抱きしめられました。そのとき殿下に言われて初めて自分が泣いていたことに気づいたのです。王城で働き始めてから今まで、泣いたことなんて一度もなかったのに。
「も、申し訳ございません!お見苦しいものを、」
「見苦しくなんてない。ソフィーはとても綺麗だよ」
殿下の腕の中で、至近距離で翠緑の瞳に見つめられて、綺麗だよと言われて、恥ずかしながら殿下の前で気絶してしまいました。
目覚めたのはおよそ5分後、殿下のベッドの上でした。現在の状況を把握し飛び起きるまでおよそ3秒ほど。ベッドサイドに座っていた殿下と目が合う。
「おはよう。よく眠れた?」
「申し訳ございません!殿下のベッドで眠るなんて、メイドにあるまじき失態・・・!」
「元はといえば俺の行動が原因だし、気にしないでよ」
「で、ですが」
「ねぇソフィー、俺がそっけない態度とって寂しかった?」
12歳も年下の少年からそんなことを聞かれて顔が羞恥で真っ赤になる。
「その反応は脈アリだと捉えていいのかな?」
「っ!」
殿下の瞳が熱を持ってこちらを見つめている。色恋沙汰に疎い私でもさすがにわかる。これは恋情の熱だ。さっきとは別の意味で顔が赤くなる。
「覚悟してね?ソフィー」
まるで獲物を見つけた肉食動物みたい、そんなことを思いながら本日二度目の気絶をするのだった。
私が殿下の熱烈なアプローチに落ちたのは殿下がこの国に来て2年ほど過ぎたころ。いつも通り殿下が、
「お嫁さんになってくれる?」
と聞いたときにいつもは
「他にもっと良い方がいらっしゃいますよ」
と返していたが、今日は違う。覚悟を決めたのだ、逃げるのはもうやめる。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
気づいた時には彼の腕の中だった。
「本当に俺なんかでいいの?もう離してあげられそうにないんだけど」
「はい。私は殿下がいいのです。殿下こそこんな12も年上の女でいいのですか?」
「あたりまえだよ、年の差なんて関係ない。ねぇソフィー、俺のこと名前で呼んでくれないか?」
「・・・嫌です。いまさら恥ずかしい」
「そういうところも好きだよ。ソフィー」
「っ!ミハイル様のおバカ!」
「いま、名前・・・」
「呼んでません!」
「このまま閉じ込めてしまいたいくらいに可愛いよ、ソフィー」
このとき私は人生で一番幸せでした。留学期間は5年、少なくともあと3年は共にいられると、傍に寄り添えるとこの時の私はそう思っていたのです。
殿下と思いを通じ合わせ、恋人同士になって一年。この関係はごく一部の人しか知りません。ミハイル様に、
「俺に任せて」
といつになく真剣な表情で言われたのでお任せしています。
幸せの微睡から目覚めたのは、殿下と出会ってから3年がたったころ、アクーラ王国とホワール王国開戦の報が届いたのでした。
「ソフィー、君はこの国で待っていてくれ」
「嫌です!私も一緒に連れて行ってください!」
「ダメだ。君のことはジャックに頼んであるだから、」
「嫌です!置いていかないで・・・」
「ごめん、ソフィーもう時間がない。必ず、君を迎えに行くから、俺の帰る場所になってくれ」
「・・・そんなこと言われたら、断れるわけないじゃない」
「愛してる」
彼と口づけを交わしてきつく抱擁をする。
「必ず帰ってきてね。待ってるから」
「あぁ約束だ」
そう言って笑顔で去った彼の背中をいつまでも見つめていたのだった。
終戦の報と同時に、彼の訃報を聞いたのは、それから2年後のことだった。
中編は18時に投稿します。