九十六話 雪ノ下すみれ7
「ひゃー、どしゃ降りだー!」
昼間に豪雨の降った日のこと。
デパートの最上階からさらに上へと上がった、本来営業中であれば立ち入り禁止となっている立体駐車場とは繋がっていない屋上で、私は全裸になって空から降る雨にその身を晒した。
少し離れたまだ屋根のあるところで恥ずかしそうにする同じく裸のカエデちゃんが、そこかしこを手とタオルで隠しながらもじもじとしているのを可愛いなあと思いつつも、その仕草を見て自分も照れくさくなる。
だって、実際こんなの、野外露出だもの。
羞恥の気持ちが芽生えるなんて当然だもの。
だけどそれをカエデちゃんに少しでも感じさせないようにとこうして私ははっちゃけているわけだが、残念ながらさほど効果はないらしい。
こうしてともすれば変態まがいのことをしているのは、単にシャワー代わりに雨に打たれて水浴びをしようとしているからだ。
蛇口を捻っても水なんて出ないから、普段はためている生活用水で体を拭いたりする程度で、お風呂なんて贅沢は出来ない。
だから、こんな大雨の日は大チャンス!
水、使い放題!
泡立て放題!
そりゃあ、所詮雨だからそんな綺麗なものじゃないのはわかってるけどさ。
それでもやっぱりシャンプーとかリンスとかボディソープとかで泡泡したいじゃない!
「カエデちゃん恥ずかしがってないでこっちこっちー。」
「あ、あのっ!ちょっと、まっ……」
すでに何人かの女性の避難民や警察官の先客がいる中に、私はカエデちゃんの腕をぐいと引っ張り連れて行く。
片手を私に塞がれて、タオルを持った手だけを使えるカエデちゃんが、わたわたとどこを隠そうかと困っている様子がたまらなく可愛い。
「へっへっへっ。カエデちゃんいい身体してはりますなあ。」
「そっ、そんなことっ。胸だって小さいし……ユキさんの方こそスタイル良くて羨ましいです……」
「嬉しいこと言ってくれちゃってー、このこのー。」
何気なくそう言ってからかってから、警察署であんなことがあったのに失敗だったかな、なんてちらりとカエデちゃんの方を見れば、先輩がいた時に気にしてないと言っていたその言葉の通りに、彼女はただ恥ずかしそうにしているだけだった。
ほっと胸をなでおろした気分になりながら、早速私は洗面器の中に入れて持って来たシャンプーを手に取った。
「ふあー、気持ちいいー!」
「ユキさんてば……でも、ふふっ、そうですね。」
数回ポンプをプッシュして、豪快にわしわしと髪を洗う。
こんな商品の類はそんなに使うことはないから、余りまくっているからね。
野外で全裸で両手を頭に持っていってまさにノーガードと言うに相応しい、恥じらいも何もあったようなもんじゃない構えでの洗髪だ。
私のやりすぎとも言えるはしゃぎようのその効果がやっと現れたのか、同じように髪を洗うカエデちゃんも柔らかい笑みを浮かべた。
「カエデちゃんの髪綺麗だよねー。」
腰近くまで伸びた長い黒髪。
白い肌に、まだ幼さを感じさせる身体に、その綺麗な黒を纏った立ち姿は、どこか幻想的な雰囲気を感じさせる。
「そっ、そうですか?」
あら、いつも遠慮がちなカエデちゃんが謙遜しないなんて珍しい。
「こんな世の中だから、長い髪は邪魔かなって切ろうかと思ってるんですけど、なかなか踏ん切りがつかなくて……」
「別にそのままでいいじゃん!可愛いし!」
「か、可愛くは、ないです……」
きっと、何かこだわりとかそう言うものがあるんだろうな。
そんなところも可愛いから、おねーさん的には全然オッケー!
そのまま二人してリンスもして洗顔もしてボディソープで身体も洗って。
途中で急に雨がやんだら大変だったけど、まだまだ雨は降り続いていて、無事に天然のシャワーを終える。
「カエデちゃんも終わった?そろそろ戻ろっかー。」
「はい。待たせてしまってすみません。」
「髪長いんだから仕方ないよー、大丈夫大丈夫!」
そう言ってそのまま建物の中へと戻ろうとした時、なんとなく視線を感じたような気がしてふと後ろを振り向く。
カエデちゃんは下を向いて、相変わらず体を恥ずかしそうにおさえて私の後ろをついて来ていた。
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「ドライヤーまで出来るなんて贅沢ぅー!織田さん達気がきくなあー。」
ぶおーんとコードレス型のドライヤーから温かい風を受けて手櫛をしながら髪を乾かす私。
発電機を外から持って来てはいたんだけど、燃料の節約もあるし音の問題もあるしで実際はほとんど使っていなかった。
だけど今日は大雨でシャワーということで織田さん達がそれを稼働させて予めコードレス式のドライヤーを充電してくれていたようだった。
「生き返るー!女として生き返るー!」
「もう、ユキさんてば……」
自分の髪から香るリンスの匂いと、手櫛の感触がさらさらのその髪質に、女としての尊厳を取り戻す。
なんてのは言い過ぎかしら。
「ユキさんは、いつも素敵ですよ。」
「またまたー、カエデちゃんてばー。」
そう言ってカエデちゃんの嬉しい言葉ににへらと笑って彼女の方を向けば、その瞳はとてもお世辞を言っているようなものではないように見えて、私は思わず佇まいを直してしまう。
「……ユキさんは、本当に、素敵です。」
一体何が彼女の琴線に触れたのか、何故だかカエデちゃんはもう一度そう言ってじっと私を見つめて来た。
きっとそれの意図するところは先のやりとりのことではなく、何か違うものを指してのことだろう。
それが何かはわからないが、どうにも自分には似合わないような気持ちを抱かれている気がして、私はその気恥ずかしさを誤魔化すように頰をかいて苦笑するしかなかった。
ちょっと明るさを挟みつつ。
もう少しで本編戻りますのでorz




