九十四話 雪ノ下すみれ6
先輩がいなくなってから一週間ほどが過ぎた。
カエデちゃんは先輩の訃報を聞いた時のまさに空虚というに相応しいあの様子とは一変して、口数も多くなってきている。
そこに、なんだか私に気を使っているような雰囲気を感じてしまうのは気のせいなのだろうか。
思えば、カエデちゃんが唐突に、先輩が生きてるんじゃないかと言い出したあの夜から彼女の雰囲気は変わったような気がする。
私はぽかりと胸の中に空白が出来たような気持ちを覚えながらも、なんとかそれを見せないように強がりながら日々を過ごしている。
きっと、カエデちゃんも同じようにしているのだろう。
年上の私はそんな彼女に負けないように、そしてそんな彼女をいつでも受け止められるように、励ませるように、頑張らなければならない。
だけど、こんな思いをするくらいなら警察署で先輩と出会わなければよかったと思ってしまう私もいる。
いや、そもそも全てを諦めてあの自分の部屋の中で外のやつらの仲間入りをしていた方が苦しくなかったのかもしれない、とも。
そんな風に思うのは、自分勝手が過ぎるだろうか。
こんな凄く"どうでもいいようなこと"が頭の中に浮かんでくるのは、私が今置かれている状況がとても恵まれているからだと思う。
食べ物にも困らず、やつらからの危険もほとんどないこの状態は、きっと今この世界で生きている人にとっては喉からだけじゃなくそれこそ身体中至る所から手が出るほど求めるものだろう。
私の悩みなんてものは、そんな彼らからすれば酷くどうでもいいものに違いない。
先輩がいなくなってから変わったのは、私やカエデちゃん、織田さんや他のみんなの様子だけじゃない。
それは、外の様子だった。
ここへと避難してきた時に見ていた感染者の数が、明らかに少なくなっていた。
最初は見間違いや、たまたま周りのやつらが離れているだけなのかな、と思ったのだけど、いつ見ても少ないのだ。
もしかして感染者に寿命がきたのかな、ずっと何も食べないで動いているなんておかしいもの、なんて呑気なことを考えたりする。
織田さんにそのことを話したら、確かに感染者の数は減っていて、たまに出る物資調達の先でも同様の事象が見受けられると言っていた。
でもその時の織田さんは何故だか少し動揺しているような気がして、私は頭に疑問符が浮かんでいた。
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それからまた少し経った日のことだった。
デパートに、新たな避難民が訪れた。
父親と幼い子供の二人連れで、ここから少し離れた場所で今までなんとか生き延びていたらしい。
父親が一人で外に食料調達に出ていた際たまたまここを訪れて、受け入れてもらえると聞いてまた子供を連れて戻ってきた、という話だった。
その話を聞いて、先輩を思い出したのはきっと私だけじゃ無いだろう。
カエデちゃんもなんだか遠くを見るような瞳でその話を聞いていた。
その父親は結婚を機に転職していたが、昔は自衛隊員だったそうで、ここへときてからその後、積極的に外への物資調達など危険の伴う仕事に参加していた。
子供と共に受け入れてくれた感謝もあるのだろうし、またこれまで一人奮闘してきたことからの自信のようなものもあるのだろう。
そんなところもまた、先輩を思い出させる要因となって、少し胸の中が苦しくなる。
とある日、食堂がわりに使っているテナントの一つで、そんな父親が連れてきた子供、秀-シュウ-君と共に食事をしてるときのことだった。
「とうちゃん、大丈夫かな……」
シュウ君が暗い顔で小さく呟く。
今日は織田さんと共にシュウ君の父親も朝から外へと出ていて、その帰りを待つ間私とカエデちゃんが彼を預かっていた。
他の避難民たちよりかは年齢が近いのもあるせいだろう、小学三年生のシュウ君は私と、特にカエデちゃんに随分と懐いていた。
カエデちゃんもそれを悪くは思っていないようで、むしろ何処か使命感のようなものを持ってそれを受け止めているようにすら見える。
「大丈夫だよ。織田さんたちもついているんだし。」
「カエデねえちゃん……」
私が普段カエデちゃんにしていたように、カエデちゃんはそう言ってシュウ君の頭を撫でた。
不安にさせないように、その顔に笑みを纏って。
その仕草と言葉に、ずきり、と胸が痛む。
側から見れば、きっと私の仕草もこう見えているのだろう。
健気に振舞ってはいるが、無理をしているのがバレバレで。
カエデちゃんはそんな様子の私から慰められていてどう思っていたのだろうか。
そして、織田さんたちがついているんだし、なんていう"そんな言葉"を言うしかないカエデちゃんの心中はどれほどのものなんだろう。
先輩も、織田さんたちがついていて感染者にやられてしまったのに。
「そーそー、大丈夫だよ、シュウ君!それにシュウ君もおとーさんは凄いっていつも言ってるでしょー!」
胸の中にもやもやとした感情を抱えながら、私もそう精一杯明るく言って、カエデちゃんの手の上からシュウ君の頭をぐりぐり撫でた。
「ユキねえちゃん……うん!とうちゃんは凄いんだ!感染者のやつらなんか怖くないんだよ!」
ぴくり。
シュウ君が元気にそう言ったかと思えば、カエデちゃんの手が小さく震える。
それにシュウ君も気付いたのだろう、不安げな瞳で彼女を見上げた。
「あっ、ごめんね、ちょっとびっくりしちゃっただけ。えっと、シュウ君が急に大きな声出すから、ふふっ。」
そう言って、カエデちゃんは小さな頭をぽんぽんとしてから、はにかむ。
先輩も、感染者を怖くないなんて、同じことを言っていて結局感染者の手にかかってしまった。
きっと、カエデちゃんもそれを思い出したのだろう。
私の気持ちまで、この手に伝わらなくてよかった。
私も、シュウ君の頭をまたぐりぐりと撫でてからその手を離した。
ふと視線を上げれば、カエデちゃんと目が合う。
私もカエデちゃんも、少し不器用な笑顔を浮かべていた。




