九十三話
異世界での仲間、勇者リンドウ。
要らぬことに首を突っ込みたがるあいつには、向こうの世界で酷く振り回されたものだった。
イーリスもそれに賛同するものだから、俺とロベリアはそれの尻拭いに奔走することになるなんてのは日常茶飯事だった。
あいつは俺と別れる最後まで、同族を殺すことに忌避感を抱き続けていた。
それでも仕方のない時は人を殺し、しかし手を汚す度に震えているあいつを見て、それならばわざわざそうなるようなことに関わらなければいいだろう、と言ってもそれをやめなかった。
織田さんとあいつは少し似ているところがある。
正義感に溢れ、他人を助けようとするその心が。
そして、その非情になりきれない甘さも。
じいさんのところを出て数週間程が過ぎ、俺はまた織田さん達のいる町の近くまで足を伸ばしていた。
そんなことがふと頭の中に浮かんだのもあるし、また何よりじいさん達が経験した略奪者との遭遇の話を聞いて考えたことがあったからだ。
略奪者が何故あの田舎町に略奪しに来たかといえば、それは相手が与し易そうだったから、という理由もあるだろう。
まあその思惑とは裏腹に、彼らは手痛い反撃を受けることにはなったのだが。
しかし思うに一番の理由は、あの場所が人口が少ない、即ち比較的安全だからではないだろうか。
たとえ物資が豊富にある場所を見つけたとて、その場所にゾンビ共がわんさかいたのでは、余程切羽詰まった状況でもない限り、略奪者もわざわざそこまで足を伸ばしたりはしないだろう。
今の世の中、そういった略奪者も含めて、人は皆ゾンビの少ない場所を求めているはずだ。
そして生憎といえばいいのか、この周辺は俺があのデパートを出て行ってからゾンビ共を狩り尽くしたせいで、そういう場所になってしまっていた。
本来であればそこそこ都会のこの町は物資は多くあるもののゾンビの数もそれなりにいて、危険は常に周囲に潜んでいるような状況だろうが、今はそれが殆ど無く、今の世界ではかなり住みやすい町になっているだろう。
何処かからこの町に移動して来た者は、しばらくはここに滞在するのではないだろうか。
そしてそれは、略奪者も同様だ。
織田さん達はあのデパートに誰か避難して来た人がいたならそれを受け入れるだろう。
俺があそこに運んでおいた物資は多少人が増えたところでそうそう底を尽くようなことのない量だが、心配なのは略奪者がそれに目を付けないかということだ。
中に入り込まれたら当然それもわかるし、外から見ていても殆ど物資調達に出ないでいたら、潤沢な食糧事情がすぐに明るみに出るだろう。
またあそこにはユキやカエデを始めとして、若い女性の避難民や警察官も結構な数がいるから、それに目を付けられる可能性も十分にある。
我ながら過保護かもしれないが、それで一度様子を見に来たわけだった。
道すがら、カエデと出会ったホームセンターへと寄り道をする。
どうやら織田さん達はまた何度かここに来たのか、俺がこの町を出る時に二階から一階におろしていた発電機や単管パイプなどの商品は殆ど無くなっていた。
彼らの役に立ってくれているといいのだが。
一応3階まで見てみるが俺の記憶にあるものと変わりなく、こちらの方には足を伸ばしていないように思われた。
スタッフルームのドアを開けて、少し懐かしい気分に浸ると、あの少女の顔が頭に浮かぶ。
元気にやっているだろうか。
また風邪などひいていなければいいのだが。
今の世で病気になどなったりした日にはかなり大変なことになるだろうから、それも心配だ。
そんなまるで我が子にでも抱くかのような感情が浮かんで来て、小さく自嘲する。
あの頃とは違い季節はもう真夏で、熱のこもった部屋のドアを閉めると俺はホームセンターをあとにした。
+++++
夜の闇の中を走り抜ける。
俺がデパートを出てゾンビを狩り尽くしてから一ヶ月程経っている計算で、ゾンビの数はその時と殆ど変わらず道は閑散としたものだった。
まばらにいるゾンビは倒しきれなかった建物の中から出て来たとかそんなものなのだろう。
そこらに転がるおびただしい数の死体は当然そのまま放置されていて、夏の暑さによる腐臭が激しい。
ここら一体があの時のままだろうから、虫やら蛆やら何やら、酷い有様だろうことは想像に難くない。
これはもう今の世の中では仕方のないことなのか。
気配感知での認識ではないが、あの時とは違って僅かだが人の気配がするような気がする。
何処かから流れて来たのか、それともゾンビ共がいなくなってその分他の気配を感じやすくなったのか。
この道の様子ならば、生身で外を移動したとてそう難儀することもあるまい。
人が生きるのに、物資が尽きなければ、という制約はつくものの、十分やっていけそうな感じがする。
そんな風に考えながら、デパートに近づくにつれて少し慎重に動き始める。
一応フルフェイスのヘルメットにライダージャケットという全身黒づくめの出で立ちにしてはいるが、念のためだ。
気にし過ぎだろうか、いやそもそもそういう考えが浮かんでくる時点で、なんだか未練がましい自分がいる気がして、一つため息をつく。
と、その時だった。
そう遠くない場所から銃声が聞こえて来た。
方向的には今まさに行こうとしている場所からだ。
胸の中に嫌なものを感じて足の運びを早めると、今度は何やらガラスをぶち破ったような大きな音も聞こえて来て、その後また断続的に銃声は続いた。
跳躍し、建物の上から上へと飛ぶように移動すると、視界の中にデパートが収まる。
「くそっ……」
見れば、デパートの側には多数の車があり、おそらくはその中の一台が突っ込んだのだろう、正面玄関はバリケードごと破られその間口を広く開けていた。




