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異世界還りのおっさんは終末世界で無双する【漫画版5巻6/25発売!!】  作者: 羽々音色
三章

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八十五話


ピンと張り詰めた空気が道場内に漂っていた。

壁際にはタケルとモモが並んで正座しており、俺とじいさんの様子を声も出さずにじっと見ている。


「剣道など、小学校以来なんだがな。」


「ほう?なのに随分と堂に入った握り方だな。」


防具をつけ、竹刀の具合を確かめるように両手で構えた俺の言葉に、じいさんは不敵な笑みで答えた。


開始線にお互い立ち、構える。

じいさんの竹刀の握り方も、俺と同じで柄を握る両手をくっつけた握り方だった。


本来、剣を扱う場合柄を握る手は離すのが基本とされる。

そうすることによって、手元でテコの原理が働いて誰でも簡単に強く早い打ち込みができるからだ。


だが俺は異世界で戦う中で徐々にその幅が狭くなっていき、最後にはぴたりと両手がくっついてしまった。

そうすることで、手先だけではなく体全体で剣を扱うようになったのだった。


モモのじいさんも、その境地に達しているということか。


「では、始めようか。」


じいさんはそう言うと、ぴたりと中段に構えた。

俺もそれにならい、同じ構えを取る。


ゆらゆらと剣先を触れさせて、様子を見る。

じいさんは微動だにせず、じぃと俺の面の中をうかがっているようだった。


互角の達人同士が睨み合って動かないような場面があったりするが、それは相手のカウンターを恐れて動かないのではない。

動こうと思ったところを先に動かれるから動けないのだ。

そもそも剣を持った者同士の対戦において、後の先などというカウンターは基本的には無理な話なのだ。

剣が振り下ろされてからでは、その剣先の速さから逃れることなど並大抵のことではないからだ。


つまりモモのじいさんの狙いは先の先。

じいさんは、俺が想像していた以上に高みに上った武人ということらしい。


さてそうなると、どうやって"負ければいい"ものか。


「言っとくが、わざと負けるのは無しだぞ?」


じいさんがそう言って面の下でにやりと笑う。


……お見通しというわけか。

ならば仕方ない、あまり派手な動きはしないように勝つとしよう。

おあつらえ向きに、じいさんは先の先狙いだしな。

要は、敵意や殺気、動作の気配を感じさせなければいいだけだ。


じいさんはまだ動かず、俺のスキルにもなんの反応もない。

あくまで、そのスタイルを貫くつもりらしい。


静かに鼻で息を吸い、心を無にする。

脱力し重心を僅かに前へと傾け、膝を抜き、重力に引っ張られるようにして前へと出る。

縮地、という技法だ。

足を滑らせるように一歩運んだ時、じいさんは距離を詰められていることに気づき、驚いて目を見開いた。


だが、もう遅い。

俺は先程まで剣先で合わせていた竹刀を鎬で巻き込むように払い、あとは力でそれをじいさんから手放させた。

竹刀が板張りの床に落ちる音が響く。


「な、なんちゅう馬鹿力かっ。」


「悪いなじいさん、力では勝てなかったようだな。」


「それ以前の話だろ……反応出来んかったぞ。何故だ?」


「なんの話かはわからんが。まあ、もうこれで終わりでいいな。」


じいさんが疑問に思っているのは、俺から動く気配を感じられなかったことだろうが、わざわざそれを説明するつもりもない。

縮地の歩法くらいは知っているかもしれないが、気配消しはスキルの影響もあるしな。

未来予知にも似た俺の"常在戦場"の危機感知でもなければ、察知することなどまず不可能だろう。

まして、この世界の人間にはな。


「まて、もう一回!頼む!」


「一回の約束だ、もうやらん。勝ち逃げさせて貰う。」


「ずるい!」


「じいさん、あんたいくつだ……」


駄々をこねるじいさんを俺は呆れ顔で見る。

そんな俺たちの様子を、タケルとモモはきょとんとした表情で遠目から見ていた。

ただ、構えて向かい合ってにらみ合い、一歩踏み出し竹刀を弾いた。

それだけの攻防だったから、傍目から見ればそれほど動きもなく見応えもなかったのだろう。


「えっと……アザミっちが勝った感じ?」


「そう、だね……」


二人は何が起こったのかわからず、とにかくじいさんが竹刀を手放したことしか理解出来ていない。

目論見通りというわけだ。


「後生だから、頼むぅ……」


「……機会があったらな。」


年甲斐もなく縋り付くようなじいさんを憐れみの目で見ながら、俺はため息を吐きながらそう言った。


+++++


「鈴掛先生に勝った人、初めて見ましたよ。」


朝食を食べながら、隣に座るタケルは目を輝かせながら俺を見ていた。


「たまたまだ。」


「たまたまでも、凄いですよ!」


箸で大根の漬物を摘み上げて口へと運び、ぽりぽりと咀嚼する。


パンデミック直後ならば、時間の停止するアイテムボックス内にこのような食品を入れておくのも可能だったろうが、すでに俺が異世界から帰還した時には電気も止まっていてその類のものは悪くなってしまっていたからな。

昨日の夕食もそうだったが、久し振りの日本食らしい日本食は大層沁みた。


こんなことならせめて自家発電が生きている冷凍食品のある施設くらい探しておけばよかったか。


「アザミっちさ、実際のとこ、何かやってたの?」


「……何か?」


「剣道じゃなきゃ、古武道とか?何か、そーゆーの。」


その問いにシラを切ろうとするが、モモはさらにそう問いかけてくる。

どうしたものかと頭を捻っていると、部屋の外からどたどたと慌ただしくこちらへと走ってくる音が聞こえた。

気配は昨日見張りに立っていた男のもので、入ってくるなり男はじいさんを部屋の外へと連れ出してしまった。


タケルとモモが疑問の視線を送ってくるが、俺に分かるはずもない。

部屋の外の話に聞き耳を立ててみるが、小声で話しているらしく、襖を隔ててのその会話の内容は聞き取れなかった。

じいさんはすぐに戻ってきたかと思えば、閉めていった襖を開けて部屋にも入らずに言う。


「すまん、用事が出来てしまった。多分夕方には戻る。」


「鈴掛先生、俺も何か手伝えることがあるなら……」


「いい、いい。大した用じゃない。柳木君もゆっくりしていってくれ。勝手に居なくなったりしないでくれよ。再戦の約束もあるんだからな。」


その言葉にタケルが立ち上がりかけようとするのを、じいさんは手で制しながらそう言う。

そしてそのままじいさんは男と共にいなくなってしまった。


部屋に残されたのは、タケルとモモとで三人。

唐突な出来事に少々面食らってしまったが、まあじいさんがそう言うなら実際大したことではないのだろう。

大方、ゾンビが町の外から多少現れただとかその程度の話だろう。

それくらいならば飯の礼に手伝うくらいのことはしても良かったが、人手も足りていると言うことだろう。


「なんだったんでしょう?」


「じいちゃん、大丈夫かな……」


「さあな。まあ、あのじいさんなら大丈夫だろ。」


不安げな視線を向ける二人に俺はそう返す。


ゾンビ相手なら、町にあった死体の斬り口と先の立ち合いから見て、じいさんがそう後れをとるとも思えない。

多勢に無勢ならその限りではないだろうが、その辺のことくらいはちゃんと考えているだろう。

この町を今の状況に落ち着けている実績もあることだしな。


箸の止まった二人を尻目に、俺は朝食の続きを堪能した。


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黒井さんは、腹黒い?

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