八十話
早朝、塀と車との隙間から敷地内に入り込んでいた何体かのゾンビ共を倒してから、タケルとモモを起こそうと二階への階段を登った。
二人はすでに起きているようで、呼びかけながら部屋のドアをノックするとすぐに返事がくる。
「柳木さん、おはようございます。下に行っていたんですか?」
「おはよう。ああ、ゾンビが少しいたからな、倒しておいた。」
それに、この町に入って視線感知に反応こそなかったが、停められた車を見て誰かがきていたとも限らないしな。
先に外の様子を見ておこうと思ったのだ。
「……おはよ。」
「あ、あぁ。おはよう。」
タケルの後ろから、目を合わせずにモモが俺に小さな声で挨拶をする。
昨夜、おそらくあの後タケルが何かしら話したのだろう。
モモからの敵意はほとんど消え失せていた。
「急いで準備しろ。朝食は移動しながらだ。」
それに何処か安堵の気持ちを抱きながら、俺は二人へとそう言う。
元々しっかりしているのかそれともこんな世の中になってからなのか、まだ起きたばかりだろうが、二人は思いの外テキパキと行動していた。
準備はすぐに終わり、三人で車へと乗り込む。
「感染者、結構入り込んでいたんですね。」
「あぁ、車を追ってきたのが何体かいたんだろうな。」
「言ってくれれば、俺も手伝ったのに……」
「それは必要ない。俺一人で十分だ。」
ゆっくりと車を走らせる中、タケルが後部座席から話しかけてくる。
昨夜の一件のおかげなのか、随分と饒舌になったものだ。
モモの方は相変わらずその見た目に反して無口だが、後ろから敵意を向けられなくなっただけ多少気持ちは楽だな。
元々喋るのは得意ではないから、どっちが良いのかといえば答えに困るところなのだが。
まして会ったばかりで、少し前まで敵意を向けられていた子供と話すなど。
「柳木さんは、凄いですね。俺も、それくらい強かったら……」
昨日までと違い、今は随分とキラキラとした視線を俺に向けるタケルがバックミラー越しにちらりと見えて、俺は苦笑した。
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道中はつつがなく移動し、いよいよ目的の町へ着くかというところだった。
いや、何も問題がなかった、というのは言い過ぎかもな。
途中、敵意を含む視線感知があったりした場合はすぐに引き返して別のルートを通るなりしてきた。
また通れない道、特に作為的にそうされているように感じる場所などもあり、そう言った場合も遠回りしてでもそれを避けてきたものだから、時間だけは予定よりもかなりかかってしまった。
魔力での物質強化は触れているものに行使できるものの、さすがに乗っている車全体に行使するのは俺には相当難易度が高い。
手に持つ武器として使うもの、と認識していないからであろう。
無理すれば多少強化は出来るだろうが、それでも万が一突然銃撃された場合などには、絶対に安全とはいかないだろうからリスクはなるべく避けてここまで来た。
しかしここからは多少敵意感知に反応があったとしても、進まねばならないだろう。
町に入りまず目に付いたのは、道路に倒れ伏した、頭をパックリと斜めに割られたゾンビの死体だった。
いや、割られている、というより、これは斬られている。
俺の魔力を込めた斧での一撃にはさすがに劣るが、それでもなかなかの切り口だ。
「鈴掛先生がやったのかな……」
タケルが車の窓から外を見て、ぼそりと言う。
モモも、それを見てゴクリと唾を飲んだ。
「そう時間は経ってなかったように見えたな。」
「じゃあ……!」
「まあ、可能性はあるかもな。」
期待を持たせるのもどうかと思うのだが、タケルの言葉に俺はそう答える。
こうして見ていると、死体を含めてもゾンビの数が少ない。
状況的にこれならば、数に押されてどうしようもなくやられる、ということも無かったのではないだろうか。
感染者に対して覚悟を持った人々がいて、武器もしっかりとしたものがあれば、十分対抗できるように思う。
町は畑や田んぼが広がり、その合間にぽつぽつと民家が距離を置いて建っていた。
中心部に行くにつれてその間隔は狭くなり、やがて古ぼけた商店街に入る。
パンデミック以前、一番栄えていたであろうその場所にも、殆ど動いているゾンビの姿はなかった。
そこを抜けまた建物と建物の間隔が広くなって来ると、遠目に学校が見えた。
そしてその学校から複数の視線を感知する。
生存者、か。
「タケル。学校に避難しているという話はなかったはずだな?」
「はい。どうかしましたか?」
「いや。避難所と言えば学校だからな。なら、いい。」
それならば、学校は取り敢えず置いておいて、まずはモモのじいさんの所から行くとするか。
複数の敵意感知の反応を学校側から受けながら、俺は車を目的地へと走らせた。




