七十九話
7/12 二回目の更新です。
二階の安全確認も終わり、その一室で俺たち三人は一息ついていた。
まあ、一階を回っているときにすでに二階に何もいないことはわかってはいたのだが。
すでに外は暗くなっていて、タケルとモモの腹の虫が鳴り夕食をとった。
二人ともロクなものを食べていなかったのだろう。
俺が一人で一階へとおりてアイテムボックスから取り出した缶詰の類を、台所にあったと見せればタケルが大層喜んでいたのが印象的だった。
モモからの敵意も徐々に薄まってきていて、少しだけ笑顔を見せたのもいい傾向と言えるだろう。
「さっきもそうですし、昼間に一人で外に出た時も……柳木さんは、感染者が怖くないんですか?」
食後、タケルが口を開いた。
またその質問か、ユキにも同じことを言われたな。
「頭を潰せばいいだけだろう。もう慣れた。」
「慣れたって……」
「お前達もそうじゃないのか?その服の汚れ、今まで何体も倒してきたんだろ?」
「それは、そうですけど……でも、怖い、ですよ。今日だって、柳木さんがいなかったらきっと俺もモモも、死んでた。」
タケルはちらりとモモに目をやり、俯いた。
俺がモモに目をやると、モモも視線をそらすように俯く。
「……だろうな。まあ、運が良かったな。」
何処と無く気まずい雰囲気が流れ、俺はぼりぼりと頭をかくと、立ち上がる。
部屋にあった押入れを開けると、中から布団を取り出して、床に敷いた。
使っていなかったのだろう、汚れもなく随分と綺麗なものだった。
「さあ、明日は朝早く出るから準備してさっさと休め。」
「柳木さんは?」
取り出した布団が二組しかないのを見て、タケルが問いかけてくる。
「俺は隣の部屋にいる。外の様子も気になるからな。お前らは何も気にせず体力を回復しておけ。」
俺はそう言うと、二人の返事も聞かずに一人部屋を出た。
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少しの動きを見せた後、寝る準備を終えたのかタケルとモモは布団の上から長いこと動かずにいた。
正直普通なら寝るにはまだ早い時間だが、二人とも疲れていたのだろう。
そう思っていると、一人、気配感知で部屋から出たのがわかった。
この気配は、タケル、か。
タケルは真っ直ぐに俺のいる隣の部屋に来ると、ドアを開けっ放しにしていた入り口の影から顔を出しては、カーテンの隙間から外を覗いていた俺に声をかけた。
「タケルか、どうした?」
「すみません、ちょっと、お話が。」
神妙な顔つきのタケルの様子を見て、俺は外の様子を見るのをやめそちらを向く。
壁に背をつけ座ると、タケルを部屋に招き入れた。
「ここまで、本当にありがとうございました。」
俺の側に座ったタケルが、まず最初にしたのがそう言って頭を下げることだった。
「モモも、すごく感謝していました。」
「そうか。だがまだ目的地に着いたわけじゃない。それはまた明日言ってくれ。次は本人の口から聞きたいものだな。」
少々の皮肉を込めて俺がそう言うと、タケルは申し訳なさそうに俯いた。
「冗談だ。それで、話はそれだけか?」
「いえ。そのモモの、話とも関係があるんですけど……」
「ほう。」
相槌を打った俺だったが、タケルは長い間続く言葉を話さなかった。
首を傾げ、視線を中空に漂わせながら、タケルは何から話せばいいものかと頭の中を整理している様子だった。
「……柳木さんは、感染者でもない普通の人を、殺したことがありますか?」
長い沈黙を破り、やがて口を開いたタケルの第一声が、それだった。
俯き加減に、俺と目線を合わせずに放たれたその問いに、またか、と俺はため息をついた。
「あるな。」
そしてただ一言、そう答える。
タケルはそれを聞いて、ぐっと拳を握ると唇を一度結んだ。
その反応から、敵意がまた強くなってしまうのかと俺は身構えたが、予想に反してそうはならずタケルはさらに言葉を続けた。
「……どう、思いましたか?」
「どう、って言われてもな……そうだな、何も思わなかったな。必要だと思ったから殺した。ただそれだけだ。」
織田さんと共にいた、警察署でのことを思い出し、俺は言う。
あの場でやつを殺したのは、合理的な判断のもとそうした。
だが、必ずしもそうしなくてはならない、という選択ではなかったのもまた事実だろう。
そこに無駄こそあるが、やつを生かす道がなかったわけではない。
それを後悔しているなどということはないが、ただ単に、そう思った。
俺のその発言を聞いてもなお、タケルの敵意が上がることはない。
「……柳木さんは、やっぱり凄いや。」
「どういうことだ?」
言われていることの意味が、分からなかった。
むしろ思っていた反応の逆のその言葉に俺は面食らってしまった。
「俺はそういう風には、割り切れなかった。柳木さん……俺も、人を殺しているんです。」
「そうか。」
出会ってすぐに感じていた通りのことを告白され、俺はただそう答えるしかなかった。
「……俺達はしばらく二人で隠れながら移動を繰り返していたんです。そんな時に、生存者のグループと出会ったんです。」
タケルはそう言って、最初俺には語らなかった、避難所を出てからのことを話し始めた。
タケル達はそれなりに上手く立ち回りなんとか生活できていたのだそうだ。
避難所の周辺もそれほど人口の多くない地域だったのも幸いしたのだろう。
武器をすぐに拾えたのも大きかったと言っていた。
タケルは感染者を殺すのは最初は戸惑ったが、生きる為と決心してからは迷いなくそれを行えたそうだ。
モモも今はやっていないようだが中学まで祖父の教えで剣道をやっていたこともあり、武器の扱いもそこそこ様になっているようで、覚悟を決めてからは感染者を殺せるようになっていたらしい。
そんな中、タケル達は男三人の生存者グループに出会ったのだそうだ。
男達は避難所で顔を見たことのある間柄で、それもあってかすぐに行動を共にしたと言う。
しかし、そう時間が経たないうちに、悲劇が起きてしまった。
その三人組は、モモに乱暴を働いた。
一人がタケルにナイフを突きつけ脅し、二人でモモを襲ったのだ。
助けを求めるモモの視線を受けて、タケルはすぐに覚悟を決めた。
モモと二人きりで生活していた時に偶然手に入れていた、ズボンの内側に隠し持っていた拳銃で、まずは自分を脅していた男を躊躇なく撃った。
そして銃口を向けて残った男二人を立たせると手を挙げさせる。
しかし、そのまま動くなと言うタケルの言葉に、二人は従わなかった。
動きを見せた二人に、またもタケルは迷うことなく発砲した。
男三人が床に倒れる中、タケルとモモはその場から逃げ出した。
実際死んだかどうかはわからないが、おそらくはそのまま死んだであろうとタケルは言っていた。
タケルとモモは、以来生存者と出会ってもそれを避けて二人きりで移動していたのだそうだ。
「……まあ、仕方ないんじゃないか。それこそ、必要だから殺しただけだろう。」
慰めの言葉のつもりでそう言ったが、それはタケルにも分かっていることだろう。
それでもなお、タケルは割り切れないでいる。
それは普通に生きてきた人間にとっては、ごく自然なことであるのだろう。
ましてこんな、まだ子供であるタケルが人を殺すなど、そこにどんな理由があろうと並大抵の覚悟がなければ出来なかったに違いない。
だがタケルはそれをやった。
「いや、むしろ、よく頑張ったな。すぐに覚悟を決めたのは、タケル、とてもいい判断だったはずだ。」
その褒め言葉の続きは口には出せないが、タケル達は"運が良かった"。
タケルやモモが今もこうしていられるのは、タケルの覚悟がその三人よりも早かったからに過ぎない。
必要とあらば人を殺すというその覚悟が。
その三人はおそらく生きている人間を殺した経験がなかったはずだ。
あるならば、モモを襲うというその目的のために、タケルはナイフで脅される以前にまず最初に殺されていただろう。
「はは……人を殺したことを褒められるって。」
「世の中は変わってしまった。いいだろう、それで。何も好き好んで殺したわけじゃない。」
……だが、俺が最後にした殺しは、一体どっちだったんだろうな。
少なくともタケルのように、やらなければやられる、そんな状況でやったものではなかった。
「……はい。少しだけ、気持ちが楽になりました。」
タケルはモモにも、きっと同じことを言われただろう。
自分を肯定してくれる人が増えれば、その分だけ気持ちも楽になるものだ。
その一端を担えたならば、取り敢えずはいいか。
「ああ……だが、少しわからんな。そんなお前達が、何故今俺とこうしている?」
語られた内容は大方想像していた通りだったが、それでも解せないのは、俺を信用した理由だ。
一つは、分かっていることなんだが。
「俺に、拳銃を渡してくれたじゃないですか。俺はそれで、柳木さんは信用出来るとまず思ったんです。」
「……それだけか?」
「そもそも最初に助けてくれたのだって、柳木さんは見捨てることができたはずです。その後も一人で車を取りに行って、車に乗り込む時だって守ってくれて、さっきも一番先頭に立って感染者の相手をしてくれたじゃないですか。」
単に、俺の感覚がおかしいだけなのだろう。
ゾンビなど恐怖の対象ではなく、ただ邪魔な虫程度の存在だからそうしているわけだが、普通の人から見ればそれは信頼に値するに相応しい行為、ということか。
言われてみれば、もっともな話なのかもしれないな。
「モモはまだ少し、信頼しきれてないみたいですけど。すみません、そのうち、態度もよくなると思います。」
「その口ぶりだと、タケルは信頼しきってると言うことか。」
「はい。だからこれ、お返しします。あの時は、嘘をついてすみません。」
そう言うと、タケルは俺のあげた拳銃を取り出すと、自分の前に静かに置いた。
「……持っとけ。拳銃は一丁しかないんだろ?片方はモモにでも持たせとけばいい。扱いにだけは気をつけさせろよ。」
それに手をつけず、俺はタケルにため息をつきながらそう言う。
するとタケルはそんな俺を見て笑顔を向けた。
「やっぱり、柳木さんは信頼出来る人ですよ。」




