七話
「あの、外は、どうなりましたか?」
少女は携帯食料1パックに入っているものをその半分だけ食べ、飲みかけのペットボトルから水を一口だけ飲むと、目を瞑りご馳走様でした、と小さく手を合わせてから呟いて、俺の方へ向き直り問いかけた。
「どうって……そこら中にゾンビ共が歩いて居たな」
「っ……そうですか……あのっ!」
先ほどの泣き顔はなんだったのか。
双眸を震わせながら、何か決意じみたものを感じさせる表情でこちらを見つめる少女。
どうしたのかと思い疑問符を浮かべながら少女を見れば、何かを言いよどんでいるのか、一度口をパクパクとさせて、それから思い直したように口を開いた。
「ご飯、ありがとうございました。あの……私は、何をすればいいですか?」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
呆けたのちに、俺がこの施しの対価に何かを要求しようとしているのだろうと、少女が考えたと理解した。
「別に何もしなくていいぞ」
「え……」
俺の返事に少女は目を見開くと、一度顔を伏せて、それからまたこちらを見つめて言う。
「でも、食料は貴重です。下に沢山あるって言っても、そんな簡単に取ってこれるものじゃないです」
「いや……まあ、そうかも知れないが」
「そんな貴重なものを、タダで貰うなんてこと出来ません」
俺にとっては簡単過ぎることだが、それを隠している事に少しバツが悪くなり適当に相槌を打つ。
「それに、私はこのままだと何も出来ずにきっと死んでいました。餓死するか、足掻こうとして下の化け物に殺されるか。おじ……おにいさんは、私の命の恩人なんです」
ちょっと待て、今おじさんっていいかけなかったか。
まあおじさんなのは全く否定しないんだが。
「薊だ。柳木薊。もう35?だからおじさんで間違いないが、取り敢えずアザミでいい」
少女の言葉に苦笑しながら、そう言えば名乗ってなかったなと思い出し俺は自己紹介する。
「あっ、ち、違うんです!あ、えっと……私は不二楓と言います。本当なら、高校一年です。カエデで……呼び捨てでいいです」
わたわたと手を振りながら少女、カエデは弁明しながら名前を名乗る。
そんな年なら、道理で幼いはずだ。
そして、その年からしたら俺はまぎれもないおじさんだろうに、わざわざ言い直したカエデの気配りにまたも俺は苦笑した。
「あの、アザミ、さん。なんで笑ってるんですか?後、35?って、どう言うことですか?」
果たして異世界での経過年数は、こっちの世界での年齢に加算されるのかどうかの問題でそうなったのだが、出来れば加算されない方向でお願いしたい。
「あー、まあ年齢は気にしないでくれ。笑ったのは、そうだな。まだ子供なんだからそんなに気にするなと思っただけだよ」
「よく分かりませんよ……」
煙に巻いた返答だが、結果話の流れで先程までの切羽詰まったような空気が、少しは明るくなった気がして、俺は安堵する。
「それより、私に何かできることはありますか……?」
だが、そんな俺の気持ちをよそに、カエデはまたも同じ質問を投げてきた。
先ほどのおにいさん発言といい、そもそも俺が食べ物を渡した時の反応から始まって、カエデは良く言えば本当に"いいこ"なんだろうと思う。
こちらをじっと見つめるどこか覚悟の決まった瞳が、それを物語っていた。
「じゃあ、そうだな、二つ」
「っ、はい……」
一つ息を飲んで、カエデは俺の言葉を待った。
「一つは、自分を大切にしろ」
「……えっと?」
「何を考えてるか知らんが、いや、逆に俺の考えすぎだったらすまんがな。とにかくそう言うことだ。」
「っ……あの、はい。でも、いや、わかりました、すみません……」
ため息をつきながらの俺の言葉に、カエデは顔を赤くしながら俯いて、段々と声を小さくした。
「二つ目だが、これは少し辛い思いをさせるかも知れないが……」
「はい……あの、なんでもします!」
カエデの反応に頭を抱えながら俺は、今一番に知りたいことを問う。
俺の記憶にある日本とは全く違う、ゾンビが外を闊歩しているこの状況。
一体、俺が異世界にいた間に何が起こったのか。
「だからな……いや、まあいいが。カエデはどうしてここにいる?何があった?」
カエデが、ひゅっ、と息を飲んだのがわかった。
「すまんが、訳あって俺の事情は詳しくは話せないんだがな。今の、この騒動の一部始終をカエデの口から聞きたい」
俺のその言葉にカエデは一度目を伏せる。
そして大きく息を吐き出すと、ややあって、顔を上げゆっくりと口を開いた。