七十八話
7/12一回目の更新です。
「あの、どうやってこの車を取ってきたんですか?」
車を運転中、後部座席に座るタケルが俺に問いかけた。
「その辺にあったのをかっぱらってきただけだ。」
タケルの言う、どうやって、の意味はそういうことではないのだろうが、細かいことなど説明する気もない俺はそう言って、さらに言葉を続けた。
「そんなことより、お前達、車も無しにあんな遠くまで行こうとしてたのか?」
「……はい、すみません。」
そう俺に返事をするタケルの方からはすでに敵意の類は殆ど感じられない。
相変わらず、モモは無言で警戒の視線を向けているのだが。
俺は一人外へと出て、ガソリンを満タンにしたSUVを調達してきた。
ゾンビがはびこり、そこら中に死体の転がるこの世の中、まともな走行をするためには四駆であることは不可欠だ。
カエデのいたホームセンターから警察署までの移動の時とは異なり、今回はそれなりの距離の移動となるため、本当は織田さん達が使っていたようなもっと丈夫で車高の高いものが良かったのだが、そうそう都合のいいものが見つかるわけもない。
昼間に外に出たこともあって、そんなに無茶もしたくないしな。
今はその車へと乗り込み、移動している最中だ。
目的地は平時なら数時間もすれば着く距離なのだが、当然今はスピードも出せないし、また通れない道もあるだろうから今日中に着くことは不可能だろう。
日が落ちるまでそう時間もあるわけではないし、途中で適当に一夜を過ごさないといけないな。
「どこか人の集まっているコミュニティを探そうとは思わなかったのか?」
「……そう、ですね。」
バックミラー越しにタケルとモモを見る。
俺に助けを求めた時タケルはハキハキと喋っていたように思ったが、今のどうにも歯切れの悪いその口調に俺はため息をついた。
タケルとモモが、厨房の隅でこそこそと二人で話をしていた時。
俺に聞こえてきたのはタケルの、もう一度だけ信じて見ないか、という言葉だった。
それが具体的にどういう意味なのかは話していなかったが、おおよその想像はつく。
俺が条件を突きつけた時に現れた反応、今のタケルの返事、モモから未だ向けられる敵意。
それの意味するところは、まあ、おそらくはその手の"ロクでもないこと"なんだろう。
それが避難所で起きたものなのか、逃げ出した先で起きたものなのか、はたまた俺のように偶然出会ったやつとの間に起きたものなのか、それはわからないが、兎も角二人は、特にモモの方は知らぬ誰かをそうやすやすと信じるようなことはもう出来ないということなのだろう。
それは今の変わってしまった世界では、決して悪いことではないと思う。
きっと悪意はそこら中にあふれていて、それに対し自衛するならば大事な心掛けだ。
だがそうだからと言って、それが生き延びるために最良とも限らない。
せっかくの善意を棒に振ることもあるだろう。
最初はたまたま助けてしまったからその責任を果たそうとしたが、俺が今敵意を向けられながらもこうしてやっているのは、まだ子供なのにそんな風になるしかなかった二人を、可哀想だと思ったからだ。
知らぬ誰かを全て信じろとは言わないが、知らぬ誰かは全て信じないという風になるのもどうかと思った。
「……バックパックに食料が入ってる。腹が減ったら開けて好きに食え。」
俺は助手席に置いた荷物を指差すと、バックミラー越しに二人に話しかける。
タケルが礼を言ってモモを小突く。
モモも小さく礼を言った。
道中、車内は長く沈黙が支配した。
二人は、結局食べ物に手はつけなかった。
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都市部を抜け、大分とゾンビの数もまばらになってきていた。
すでに時刻は夕刻となり、じきに陽も落ちるだろう。
寂れた町のさらにはずれ、ぽつんと建っている塀のある一軒家の前に車を停める。
町に入ってからここまで視線感知に、反応は無しか。
正面から敷地内へと入り、塀と塀の間を塞ぐように車を横向きに停めた。
「降りるぞ。今日はここで一泊だ。」
俺はそう言って車を降りた。
先に一人降りて建物内の安全を確認してから、という手順を踏もうかと思ったが、時間をかけると通ってきた道をゾンビ共が追いついてくるかもしれないと思い一緒に降りてしまうことにした。
「絶対に、そばを離れるなよ。俺より前に出るのも無しだ。」
強くタケルにそう言って、ゆっくりと歩き出す。
俺のそばにさえいれば、たとえいきなり銃撃されたとてほぼ反応出来るだろう。
俺に一度たりとも視線も銃口も向けず狙撃するような真似は不可能だろうからな。
庭に面した軒下の雨戸を力任せにこじ開け、中へと侵入する。
鍵のかかった雨戸を容易にバキリと派手な音を立てて開けたものだから、タケルが驚いて目を丸くしていた。
中に入ったら、あとはスキルを使って安全の確認をするだけだ。
気配感知の範囲内であれば見えない場所だろうがなんだろうが気配を察知出来る。
勿論わざわざ確認するふりをしなくてはならないがな。
一階には老夫婦のゾンビが二体いたが、問題なく倒した。
その姿にタケルもモモも、驚いてこそいたがそれほど怯えた様子は見せなかった。
これまで何体ものゾンビを倒してきたということだろう。
「柳木さん、凄いですね……」
「そういうのは後だ。探索中は余計なことを喋らず音に集中してろ。」
タケルが言うに応じ、俺は振り向きもせずそう言った。
まあ俺がいるときはそんなことなど気にしなくてもいいんだが、後々役に立つこともあるだろう。
背後でタケルが小さく謝罪すると、俺は二階へと続く階段に足を乗せた。
ちょっと中途半端なとこで終わってしまったので本日二話更新します。




