七十六話
結局、シャッターは破られることなく済んだ。
気配感知によれば徐々にゾンビ共は散ってはいるようだったが、しかし先程集まっていた数からして、すぐに外に出て行ってはまた二の舞を演じることになるだろう。
「あの……」
緊張状態の中先程まで何やらぼそぼそと二人で話していたようだったが、しんとなった店舗内で、俺が渡した拳銃を持った少年が口を開いた。
「なんだ?」
「ありがとうございます。本当に、助かりました。」
警戒こそしているようだが、先程までよりも、少年の敵意が大分薄まっているのがわかった。
反対に、もう一つの視線、少女の方からは相変わらずの敵意を感じる。
「別にいい。それにまだ外にはやつらがいる。助かったわけじゃない。」
俺はそう言ってどかりと床に腰を下ろす。
本当は、俺がいるのだから助かるのは確定なわけなのだが。
少年も俺の言葉に頷くと、床に座った。
「俺、比嘉丈瑠って言います。こっちは、モモ。」
「……箱部桃です。」
自己紹介を始める二人に、俺は頭を抱えた。
俺は最初二人の気配を感じた時は、いっそ無視をしてしまおうかと考えた。
しかし助けられるものをわざわざそうするのもどうかと思いこうして結局助けたわけだが、名前を言ってはさらに関係が深まる気がして、名乗るのを一瞬躊躇ってしまった。
「あー……タケルに、モモだな。面倒だからそう呼ぶぞ。俺は柳木薊だ、そっちも好きに呼んでくれ。」
だがこうして助けたからには、ある程度は責任を負わねばなるまい。
問題は、どこまでそれに付き合うか、だが……
「柳木さん、ですね。あの、柳木さんはどうしてここに?」
「……あてもなく移動をしていてな、たまたま立ち寄っただけだ。そういうタケル達はどうなんだ?」
「立ち寄ったって……一人で生きているんですか?」
「まあ、そうだな。で、そっちは?」
モモの方は相変わらず黙っていたが、俺の質問に、タケルまでも口を閉じてしまった。
首を傾げながらも、無言で続きを待つ。
しばしの沈黙の後、タケルは口を開いた。
「俺達は……避難所にいたんですが、中でパンデミックが起こって、逃げてきたんです。」
聞けば、タケル達はパンデミック当日、避難所へと避難していたらしい。
その学校は塀で囲まれた頑丈な作りで、さらに幸いにもその日怪我人がいなかったのだそうだ。
そのため他の数多くの避難所と違い、その翌日辺りですぐに全滅、などということにはならず、しばらくの間はしっかりと避難所として機能できていたらしい。
しかし日が経つにつれ食糧事情などでぎりぎりの状況になり、内部の秩序も崩壊し始め、そしてそれに追い打ちをかけるように、中で死人が出てそれがゾンビ化しパンデミックが起きてしまったらしい。
二人とも両親とはその時にはぐれ、以来行動を共にしているそうだ。
「なるほど、な。」
中での人の争いで死人が出て、それが発端になった可能性もある、だろうな。
「なんだか悪いことを聞いたかもな、すまん。」
「いえ……」
まあ、もはやこんな世の中で生き残っている人間に話を聞けば、皆同じような答えを返すのだろうから、悪いも何もない気はするが。
俺の謝罪に、タケルは俯いてそう返事をした。
「……取り敢えず、急ぎの用事があるわけじゃないんだな?」
「……はい。」
「それなら、外が落ち着くまでゆっくりしていけ。せっかく助けたんだ、すぐに外に出て行って死んでもらっては困るからな。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます。」
「別に、気にするな。」
俺はそう言うと、その場にごろりと寝転んだ。
+++++
光量を絞ったLEDランタンの薄明かりの中、三人で静かに時を過ごした。
二人からの警戒反応は未だ続いている。
この状況でその反応を見せると言うことは、先程は語ってはいなかったが、それだけのことがあったと言うことなのだろう。
「……二人とも、年は幾つだ?」
沈黙した空気の中突然俺が口を開いたからか、二人はびくりと体を震わせる。
「……16です。ほんとなら、高校二年ですね。」
「あー、驚かせて悪かったな。そうか。」
「いえ。どうかしましたか?」
「いや……なんとなくだ。」
俺の言葉に疑問符を浮かべるタケルだったが、俺は手を振ってそれに答えた。
カエデやユキは、ゾンビすら殺さずにあの避難所へとたどり着き、そしてそのままでいる。
対してこの二人は、きっと多くのゾンビ共を殺してきたことだろう。
ともすれば、服装についた返り血は、ゾンビのものだけではないのかもしれない。
どちらが良い悪いと言うつもりはない。
ただ、なんと言えばいいのか、この二人を気の毒に思った。
おおよそ、子供がするようでない顔つき。
モモの方からは特に、何も信じないというような視線を向けられ、気が悪くなる前に、胸が痛んだ。
ふと頭に浮かんだのは、異世界のことだった。
あちらの世界では、人族は15で成人を迎える。
その年で冒険者になって、あっさりとモンスターにやられて命を落とすようなやつなんてごまんと居た。
リンドウもその年で俺と共に旅に出て、魔を屠り、そして人も殺した。
元の日本の価値観では考えられないようなこと。
そう考えると、向こうの世界は本当にくそったれだったなと改めて思う。
しかし今のこの世界は、それと殆ど変わらないのかもしれない。
この二人の存在が、それを如実に表していた。




