六十九話
昨夜降っていた雨は幸いにも朝には晴れていた。
最後に警察署を出る時は、以前食糧調達に使っていたスーパーの時と同じように、荷台の上からシャッターを開閉した。
数体ゾンビがガレージの中に入ってしまったが、あれはそのまま放置するより他あるまい。
これで、皆が無事デパートに移動することが出来た。
ゾンビに噛まれなくとも死ねばゾンビになる。
その真偽は俺がやつを殺したことで、織田さんたちは知ることとなった。
やつの処遇について、避難民たちや他の警察官には、食糧を多少残した上で置いてきたということにしていた。
実際万が一ネットの書き込みを見てあそこに誰かが来た場合を考えて、物資は僅かだが置いては来ている。
今更それを頼ってくるやつもいないだろうが。
「先輩達ってば、すぐに来ないもんだから本当心配しちゃいましたよー。」
すでに館内の見回りは完璧に終了していて、今はそれぞれのフロアの掃除や片付けを、皆でしているところだ。
店内は物は散乱しているし、何より元々汚れていたが、その床は俺が半グレグループと戦った時の血痕もそのまま残されている。
これらを綺麗にするには今日だけでなくまだまだ長い時間がかかるだろう。
「向こうで多少手間取っている間に雨も降って来てな。」
「でも、みなさん無事で本当に良かったです。」
「あぁ。何事もなく移住できてよかった。」
何事もなく。
俺にとってはそうだが、最後警察署に残った面々にとっては、そうではなかったかもしれない。
俺を含む織田さんたち四人は、作業に必要なこと以外は何も喋らず、ここに移動してきた。
今までとは違うぎこちなさを持ったままで車を降りた俺たちを、皆はどう思ったのだろうか。
少なくとも、その空気をユキとカエデは感じ取っていたように思える。
無事を喜んですぐに駆けつけてきた二人は、きょろきょろと俺たちの顔色をうかがっていたようだった。
だがそのことについて何か言及されたところで俺たちが答えられるのは、予定通りにことが進まなかったために緊張で疲れが出ているだけだ、という程度のもので、二人はそれに納得するしかなかったようだった。
「ここは広いしいいですねー。まださすがにちょっと何か出てきそうで怖いですけど……商品も盗り放題!」
俺が少し難しい顔をしていたからなのだろうか。
はたまたそんな俺を見るカエデが何か心配そうな視線を向けたためか、ユキが冗談ぽくそう言う。
「今後何かしらあるかもしれないから普段から警戒するに越したことはないがな。少なくとも今は安心しても大丈夫だ。二階から上は特にな。」
「カエデちゃん、片付けが終わったらショッピングしよ!勿論先輩も付き合ってくださいよー!」
「ふふ、良いですね。」
「あー、わかった。お手柔らかに頼む。」
「やった!へへ、タダショッピング!」
ユキがるんるんとでも言うようにそのフレーズが気に入ったのか、タダショッピングと連呼するのを見て、呑気なものだな、と俺は苦笑するのだった。
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深夜、俺は織田さんに呼ばれてスタッフルームへと来ていた。
部屋の中には、俺と織田さんの二人しかいない。
オフィステーブルを挟んで椅子に腰掛ける織田さんの顔は、何か思い詰めたような表情をしていた。
「ねえ、柳木さん。」
「……なんだ?」
気まずい雰囲気が部屋の中を支配し始めた頃、静かに織田さんが口を開いた。
「どうして、あんなことをしたんだ?」
あんなこと、とは、俺が留置所でやつを殺したことだろう。
織田さんは俺と視線を合わせず、テーブルの上に肘を置き手を組んで、俯いたまま尋ねてくる。
「必要だと思ったからやったまでだ。」
「……カエデちゃんがあんな目に遭って憎かったとか、そう言う理由じゃないのかい?」
「それに似た感情も勿論あるだろうさ。だが、ただ単に、やつは生きてる価値がない。そうだろ?」
「っ……」
どうということもない。
あの場で言った通り、カエデを襲い、あげく殺そうとしたようなやつに、遠慮など要らない。
「織田さんだって迷っていたんだろう?だから俺がそれをしただけのことだ。」
やつが生きていたところで、いらぬリスクを抱え、場を乱すだけだ。
それは織田さんだって分かっていたことだろう。
「……激情に任せて、衝動的にやったのなら、まだ、分かるんだ。だけどキミは、淡々とそれをしたようにしか僕には見えないんだよ。」
「織田さんの言う通りだ。俺は終始冷静に、その頭で考え、やつを殺すべきと判断して殺した。」
「柳木さん……キミは、どうしてそんな、冷静でいられるんだい……?」
「どうしてって言われてもな。必要のないクズを、ただ殺しただけだろう。」
「っ……柳木さんは……今迄、他に人を殺したことが、あるのかい?」
俺のその答えに、織田さんは信じられないとでも言うような顔をして俺を見た。
何かを期待するようなその瞳は、きっと、その質問にノーと答えて欲しいのではないか、そんな風に感じる。
だが俺はそんな期待とは裏腹に、ただただ、事実のみを述べる。
「……あるな。たくさん、殺して来た。」
俺のその言葉に織田さんは目を見開いた。
俺を見るその目は、ほんの少しだけ恐怖の色を宿しているように見えて、俺が日本で殺したやつらの怯えた目を思い起こさせた。
胸にちくりと痛みが走る。
だが、吐き出された言葉はもう戻せない。
「冗談、だろう……?」
「本当だ。だから人を殺すことに、織田さんのように苦悩することもない。」
「理由を、聞いても……?何かやむを得ないような事情があったんだろう?」
「理由か。そうだな、そりゃあ正当防衛の類も沢山あったさ。だが全てがそうだというわけじゃない。あの男のような邪魔な者や敵対する者、それだけの理由で殺したやつも同じように沢山いる。」
口から言葉が、止まらなかった。
核心こそついていないが、しかしその事実を語ることに、なんの躊躇もなかった。
いくらでも誤魔化しなんてきくだろう。
だがまるっきりの嘘も言いたくなかった。
俺の言葉を聞く織田さんは、いつの間にか目に涙を溜めていた。
唇を結んで、その瞳で俺をじぃと見つめていた。
裏切られたとでも思ったのだろうか。
俺に懺悔したあの日のことを、後悔でもしているのだろうか。
涙を堪えるように眉間にしわを寄せて、織田さんは目を瞑る。
何かを考えているのだろう、部屋の中に長い沈黙が流れた。
「……柳木さん。もし、この先。また同じようなことが起こったら、どうする?」
「次からは、遠慮しない。容赦なく殺す。」
「そうか……柳木、さん。僕は……」
沈黙を破り放たれた問いに俺がそう答えれば、織田さんは、ぽたりとその瞳から涙をこぼした。
「……僕は、キミをここから追放する。」
「……そうかよ。」
ぼろぼろと涙を溢れさせ、絞り出すようにそう宣言する織田さんに、俺はただそう言うしかなかった。




