六話
少女は嫌な夢でもみているのか、眉間に皺を寄せ苦悶の表情を浮かべていた。
年の頃は中高生くらいだろうか。
その幼い顔立ちと、癖のない真っ直ぐで長い髪は、ふと異世界での仲間のイーリスを思い起こさせた。
少女の傍には飲みかけのもう残り少ない水のペットボトルがあり、他に飲食物の類は無さそうだった。
手を触れるのにやや躊躇ったが、しかし起こさなくては始まらないので、俺はリュックを側に降ろすと毛布越しに少女の体を揺する。
はらりと長い髪が顔にかかり、うぅ、と小さく声を上げて少女はうっすらと瞳を開いた。
「……起きたか?」
癖になってしまっていた異世界でのぶっきらぼうな言葉遣いはそのままに、努めて優しい声色で問いかける。
しかしながらそれに対する反応はと言えば、声の主である俺の顔を見ると目を見開いて、ひ、と小さく悲鳴を上げると言うものであった。
「あー……別に取って食ったりはしないぞ?」
そこまであからさまに恐怖の感情を出されるのは少々不服だったが、俺は少女を起こした時のかがんだ姿勢のまま両手をあげた。
「……い……」
「い?」
「生きてるん、ですか?」
少女は防衛本能からだろうか、手元にある毛布を手繰り寄せ抱きながら言う。
その手と声が、震えていた。
「ん?まあ、見ての通りだが……」
「っ……すみません。変なことを言って」
疑問符を浮かべる俺に、目をぱちくりとさせてから少女は起き上がりソファに腰掛け言った。
「いや、構わないが……」
警戒心からかそのままチラチラとこちらを見る少女。
腰近くまで伸びた長い黒髪は艶を失っていて、いかにも真面目そうなその顔はやややつれているように見える。
やはり近くに置いてあるペットボトル以外に食べ物が見当たらないことからして、満足に食を取れていなかったのではないかと思う。
「あの……救助の方、ですか?」
「ただの通りすがりだ」
絞り出したような少女の問いに一言で答えると、その顔に落胆の色が広がった。
俺はリュックを開けて下の階で少量入れて置いた携帯食料と水を取り出す。
「……それより、何か食べるか?飲み物も水ならあるが」
「……いいんですか?」
少女が、ぎゅ、と抱えた毛布を握るのが分かった。
「遠慮しなくていい。まだ下に沢山あったしな」
携帯食料一つでは足りないだろうと違う味のものもまとめて、少女が起きた事で空いたソファのスペースに置いていく。
震える手で少女は一つそれを手に取ると、一度ごくりと喉を鳴らしてから、再度問うてきた。
「あの、本当にいいんでしょうか?」
「大丈夫だ。足りないなら言ってくれ」
「ありがとうございます……」
俺の返事を聞いて少女は礼を言うと、意を決したかのように携帯食料の包みを開け、ゆっくりとそれを口に入れる。
咀嚼するうちに、やがて少女はぐすぐすと鼻を鳴らし始めた。
「ご、ごめんなさい。食べ物を口に入れるのは、三日ぶりなんです」
照れ笑いを浮かべながら、少女は袖で涙を拭う。
状況からして、それ以前もロクに食べ物を摂れてはいなかったであろう。
少女の言葉に対してどう返事をすればいいものか困った俺は、
「落ち着いて、ちゃんと噛んで食べろよ」
とだけ返した。