六十三話
早朝。
俺は織田さんと共に一台の震災対応用活動車で外へと繰り出した。
他に同席するのは、スキンヘッドのガタイのいい彼と髭の強面の彼で計四人、全員車内に入っての出発だ。
今日のところは無理をせず、それぞれピックアップした店舗の様子見をするにとどめる予定だ。
とは言え範囲は広く、警察署の北側と南側で2日に分けて探索をする予定で、勿論道中苦もなく物資を運べる機会があるならばそれをしようと思っている。
「しかしあれだな。やつが言っていたが、どうやら死んじまったら感染者になるってのは、本当かもしれないな。」
後部座席、俺の隣に座る、スキンヘッドの警察官が口を開く。
「だな。となると、自衛隊のやつらもひょっとしたら何かの拍子で死人が出て、それで全滅したのかもしれないぜ。」
助手席に座る髭面の警察官がそれに続いた。
「……報告が遅れてすまん。本当にこの間、ふっと思い出したもんでな……自衛隊の人たちにそれを伝えられていたらと思うとやりきれん。」
「……仕方ないさ。そんなに気を病まないでよ。って言っても、柳木さんは人が良いから気にするかもしれないけど。思い出してくれただけでも儲けもんだよ。」
実際本当に最初からネットで見ていたものならば、とんでもない失態な訳なのだが、それでも織田さんは慰めの言葉を掛けてくれた。
「俺達もネットが繋がっていた時は相当情報収集していたんだ。そんなものを見たことはなかった。」
「あぁ。誰もそんな話をしていなかったし、柳木さんがそれを忘れてしまうのも無理はないってもんだぜ。」
他の二人も、そう俺に言葉を掛けてくれる。
結局、あの色黒鼻ピアスへの更なる取り調べから、死んでしまうとゾンビ化するという話は皆が知ることになった。
実際にそれが真実かどうかの確認など取る方法は無いが、取り敢えずそれを事実とした上で、部屋割りなどは再度皆で相談して割り当てられた。
もっとも、当初の予想通りといえば良いのか、警察署は元々が密集しているような部屋割りにはなっておらず、特に持病の類の人もいないとのことで、そんなに大きな変更はなかったのだが。
カエデとユキも、これまで通り同じ部屋で過ごすとのことだった。
「……それにしても、なんだかここら辺は動いてる感染者の数が少ないね。」
ふいに、ハンドルを握る織田さんがそう言った。
どくんと心臓が激しく脈動する。
「それに、車も随分道路の端に寄ってるな。」
「通りやすくていいじゃねえか。他もこうだと助かるんだがなあ。」
何気なく放たれた二人の言葉に、さらに心臓の鼓動が高まった。
この辺は、カエデのいたあのホームセンターから警察署までの、通り道だ。
俺がカエデを運ぶために、夜中作業した結果、こうなっている。
「……何故だかこの辺はやつらの姿が少なくてな。俺も助かった。」
「そう言えば、カエデちゃんはこの先のホームセンターに居たって言っていたね。」
「あぁ。おかげさまで、移動はそう苦でもなかったよ。」
今日は、ホームセンターにも寄る予定だ。
あそこにはまだ物資がかなりの量残っている。
ゾンビの数があの時とさほど変わらないのであれば、この四人でも多少は運べるだろう。
カエデを連れ出す時に多少店内を片付けたが、そこは適当にごまかすしかないな。
「っと、あのコンビニ、いけそうだね。」
会話しながらも、織田さんはしっかりと周りを見ている。
前方や左右だけでなく、追い抜いたゾンビとの距離も計算に入れて。
「中がやばそうなら無理しないですぐに戻ってきてね。」
そう言って、織田さんは駐車場に車を停めた。
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薄汚れた身体を蹴り、その反動を使い頭から斧を引き抜くと、動きを止めたゾンビが倒れていく。
ここはカエデの居たホームセンターだ。
道中の寄り道では満足に物資は運べず、また以前のスーパーのように比較的安全にそれを行えるような場所も無かった。
外から中の様子をうかがえるような場所は、つまりはガラス張りということで破られているし、中が見えないとなってはそこに突入するのはやはりリスクがあり、周りの立地やゾンビの状況が余程良くない限りはなかなか難しい。
結局、俺がカエデと共にいた時に倒しまくったせいでそのゾンビの数が極端に少なかったここで今日最後の物資調達を行うこととなった。
カエデをここから連れ出す時に一度綺麗に掃除しただけあり、ホームセンター周辺は閑散としたものだった。
勿論何処かから流れ着いたゾンビもいたが、その数は数体と言ったところか。
「さすがだな、柳木さん。」
隣でフラッシュライトとさすまたを構えたスキンヘッドの彼が言う。
「へへ、特殊部隊にでも居たのかよ。」
にやりと笑いながら、周囲を警戒する髭面の彼もそれに続く。
「ガキの頃剣道をやっていたくらいだな……と、店内はもう大丈夫そうか。」
実際は異世界でサムライをやっていたのだが、小学生の頃田舎町の剣道教室に少しだけ通ったことがあるのは事実だ。
珍しく誤魔化すのに丸っきりの嘘を言っていないことに、俺は苦笑しながらそう答えた。
キャンプ用品のある場所から、物資、主に水を運ぶ。
と言うのも、警察署の貯水タンクがついに底をついたのだ。
水さえあれば米が炊けて、食糧事情もなんとかなる。
もっとも、水はまだだいぶストックがあるようだが。
入口に荷台を向けて停めた車に何度か往復して荷物を運んでいると、無線機から織田さんの指示が飛んでくる。
「やつら集まって来た。急いで戻って直接荷台に乗り込んでくれ。今持っている荷物も捨てていい。」
織田さんが言ったのは、車での移動中追ってきたゾンビ共だろう。
もう少し余裕があるかと思ったが、そうでもなかったか。
俺たち3人は指示通りに急いで走り荷台へと乗り込むと、そのままホームセンターをあとにした。
今日はどうにも納得のいく物資調達は出来なかった。
だが、問題はない。
後日に行く探索エリアなら、きっと皆満足するはずだろう。




