五十六話
深夜、俺は気配感知で皆が部屋で動かなくなったことを確認し、黒のライダースーツをアイテムボックスから取り出してそれに着替えた。
今夜は生憎と月が出ているが、全身黒ずくめならばそれほど目立つまい。
夕食の時、カエデはユキと二人で食事を取っていた。
また夕食後も、いつもならユキと共に俺の部屋へと来ていたが、それもせず、部屋に二人きりでいたようだった。
勿論あんなことがあった後だ、それはある意味当然のことかもしれない。
もしかしたら、男性恐怖症のようなことになっている可能性すらある。
しかし思うに、カエデがそうした理由は、何より俺のことを怖いと感じているからではないだろうか。
カエデを助けた時に使った"威圧"のスキルは、リーダー資質を持つ王族や皇帝、それこそリンドウのような勇者が得意とするスキルだ。
彼らが使えば範囲を広くも狭くも、それこそ単体に綺麗に使うこともできるのだが、俺は苦手だから上手く範囲を絞り切れない。
だからあの時おそらくは、ずっと"威圧"スキルの余波がカエデに当たっていただろう。
それで、あの男のようにとは行かないまでも、俺への恐怖心が残ってしまっているのではないだろうか。
……まあ、こればかりは仕方ないがな。
俺がスキルの扱いが下手なせいですまんと謝罪するわけにも行かない。
少し胸に寂しさを感じてしまい自嘲すると、俺はフルフェイスのヘルメットをかぶる。
取り敢えず今は、そんな余計なことを考える必要はない。
俺は、窓から外へと飛び降りた。
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警察署を見張っていたやつのいる建物は小さな商業ビルで、入り口にはその階段を塞ぐようにワゴンがビタリと停められていた。
これならば多少ゾンビの侵入も防げるというわけか。
俺は2階へと跳躍すると、すでに割れていた窓から手を伸ばし鍵を開け、室内へと侵入する。
細長い6階建ての建物のその一室は、元はマッサージ店だったのだろう。
等間隔にカーテンで仕切りが設けられて、専用のベッドが並んでいた。
フロア内に気配の反応はないが、床には数体のゾンビの死体が転がっている。
どれも頭はパックリと割られていて、おそらくは上にいる見張りのやつらがやったのだろうか。
非常階段へと移動し、なるべく音を立てないよう上る。
その間、動いているゾンビとの遭遇はなかった。
最上階の6階へと着き、その一室に生者の気配が感じられる。
反応は二つ。
静かにドアの前へ移動すると、俺は手に持ったバールを握りなおし、まずはドアの向こうに耳を傾ける。
「あいつ、使えねえなあ。」
「ほんとっすね。向こうの予定がわかれば、うちらもここにいつまでもいなくても良いんすけどね。」
「しかしアニキも恨みがあるからって、わざわざこんなとこ、こだわらなくてもいいんだけどなあ。」
恨み、か。
あの色黒の男の話にはなかったことだ、色々聞かねばならないことが出来たようだな。
俺はゆっくりとドアノブを回すと、一番館と書かれたプラ板が貼り付けられた金属製のドアを開く。
鍵はかかっておらず、キィ、と音を立ててドアが開いた。
「誰だっ!」
中にいた男たちはすぐさま反応し、こちらを向いた。
坊主頭の偉そうなのと、金髪の若い男。
坊主頭は、サイレンサーか何かだろうか、先の方に何か付いているオートマチックの拳銃をこちらに向けている。
俺はそれを見て、立ち止まり両手を上げる。
「……なんだ?お前?」
「新入りっすかね……?」
坊主頭が構えたまま俺にそう問いかけると、その返事をする間も無く、すぐに金髪が鉄パイプを持って近づいてきて俺の横へと回り込んだ。
「ぐうっ。」
そしてそのまま、俺の足へと思い切りそれを振り抜いてきた。
俺は小さく苦悶の声を出すと、持っていたバールを落とし、床へと倒れる。
さらにその状態の俺の背面に、やつは何度も鉄パイプを振り下ろした。
「合言葉がないってことは、新入りじゃないっすよね。」
「……そうだな。なんだったんだこいつは。おい、メット取って頭割っとけ。」
「了解っす。」
金髪が、倒れて動かなくなった俺のメットへと手を伸ばす。
その手を、俺は掴んだ。
「こいつまだっ……」
そのまま勢いよく床へとその体を引き倒すと同時、俺はすぐさま立ち上がり、金髪の片腕を"もいだ"。
「いぃ!?」
「てめっ……」
鉄パイプの打撃など、効きはしない。
ただこいつらが実際どこまでやるのか、試しに見てみただけだ。
本当にこうも簡単に殺しに来るとはな。
金髪がちぎられた肩口から派手に血を流し悲鳴をあげ、坊主頭が再び俺へと拳銃を向けるが、俺はすぐに"威圧"のスキルを使う。
「なんっ……」
「ひっ、ひぃ……」
坊主頭の動きが止まり、俺の足元で片腕を失い倒れる金髪が無様な悲鳴をあげる。
「"大声は出すなよ。お前らが、いきなり殺そうとしてくるようなクズでよかったよ。俺も、遠慮なくやれる。"」
俺は静かにそう言うと、ゆっくりと坊主頭へと歩み寄り、そっと拳銃を奪い取った。
そうだ、敵意を持っているのだから、最初から、こうすればよかったじゃないか。
そうすれば、カエデもあんな目に遭わなくて済んだに違いない。
これではリンドウのことを甘ちゃんだのどの口が言うのだという話だ。
俺は、何をしていたんだろうな。
「"ここからは尋問の時間だ。苦しみたくなければ、せいぜい正直に話すんだな。"」
俺は怯えて小さくなる坊主頭の肩に手を回して、そう言った。




