五十五話
ガシャン、と牢屋の扉が閉められる。
「お、おい、俺はどうなるんだ?」
「……さてね。ちゃんと話してくれれば、悪いようにはしないかもね。」
手錠を嵌められた色黒の男が網目に覆われた鉄格子へと詰め寄ると、織田さんはそう返事をした。
「話したろ?全部話した!」
「それでも、君のしたことは許されない。嘘をついているかもしれないし、少なくとも自由にするわけにはいかないね。」
「悪かったよ!魔がさしただけなんだ!う、嘘もついてねえ!」
男の言葉に耳を貸さず、織田さんは後のことを部下に任せ、部屋のドアへと歩みを進める。
「ひっ……」
俺がそれに続く前に、一度ちらりと男を見やると、男は情けなくもそう小さく悲鳴をあげた。
留置所を出て、織田さんの部屋へと移動する。
「……柳木さん。本当に、すまなかった。」
部屋に入るなり、織田さんは俺に深々と頭を下げてきた。
もうすでに何度目かの謝罪に、俺は織田さんの肩へと手を置いた。
「みんな車の回収に集中していたし仕方ないさ。それに結局は大したことにはならなかったんだ。」
カエデ本人に、あれが大したことではなかった、など言えたものではないが、しかし、実際命の危険もあったし、それが多少愛撫をされた程度で済むならば安いものだろう。
……いや、こういう言い方も良くないんだろうけどな。
それに、俺にも悪いところはあった。
食糧調達で皆がそちらに集中するその時こそ何かをやるには都合がよく、それをあらかじめ織田さんにしっかりと伝えていなかったという落ち度だ。
ユキやカエデにも、もっと厳しく言っておかなければならなかった。
ユキは、泣きながらカエデを抱きしめて謝っていた。
二人とも、俺が無事に車に乗り込んだことを聞いて、気が緩んでしまっていたらしい。
「まあこれ以上はカエデ本人にでも言ってくれ、ってのも酷な話か。俺から言っておくよ。」
「柳木さん……」
すでに織田さん達はカエデに謝ってはいたが、それでもなお謝罪し足りないのだろう。
しかしまたわざわざそれに触れてしまい、思い出させるのも本意ではないだろう。
ソファへと腰掛けて、俺は口を開いた。
「……それで、やつはなんと言っていた?」
「あ、あぁ。それなんだけど……」
留置所に入れる前、取調室で織田さんと警察官達はあの男を徹底的に絞った。
織田さんの話によると、やつは避難民の男達がガレージや屋上などに集まる最中こっそりと抜け出して、他の避難民の荷物を漁っていたらしい。
あの使っていた十徳ナイフはそこから手に入れていたもののようだった。
荷物を漁っていた本来の目的は無線機を手に入れることだったのだそうだ。
なぜ無線機かといえば、それで外部の仲間と連絡を取るためらしい。
リュックの中にあった無線機も、そのために持ち込んでいたということだ。
やつがここにきた理由は、警察署内の動向を探るためらしい。
というのも、一週間前ヘリがここらに飛んで来たのを見て、俺達が警察署からいなくなりそうだと思い、もぬけの殻になったら主に武器を調達しようと思っていたのだそうだ。
しかしいつまで経っても俺達がいなくならず、業を煮やして一人送り込んだというわけだ。
そして食糧調達などで手薄になったら直接襲撃しようと画策していたらしい。
やつは下っ端も下っ端で、殆ど強制的にここへと寄越されたのだと言っていた。
もしヘリが来たなら自衛隊に保護されてしまうのだから、当然といえば当然だろう。
やつにとっては、もしすぐに保護されたらされたで、それで良かったのかも知れない。
だが現実はそうはならず、また無線機を取り上げられたことで外にも連絡出来ず、男にとっては進退極まった状況だったのだろう。
それでさらにカエデに怪しい行動を見られ、そこで糸が切れてしまったというところか。
しかし仲間がいることはわかったが、そのアジトの場所は、聞けなかった。
なんでも場所を転々としていて、外部と連絡を取らない限りわからないらしい。
また、外部と連絡を取ると行っても、取れる時と取れない時があるとかで、近くに誰かがいつもいるわけではないとのことだ。
「……成る程な。」
「今度の食糧調達はただでさえ新しい場所を探さなきゃいけないのに、更に色々と考えないといけないね。」
「そうだな……」
腕を組み眉間に皺を寄せる織田さんに、俺は相槌を打つ。
その後俺の車を回収したことについてや、その物資のことなど、礼など言われつつ会話を重ねて、俺は織田さんの部屋を出た。
……それにしても、そうか、やつは見張りのこともアジトの場所も、吐かなかったか。
"俺がお願いした通り"に。
先程の留置所での反応でもそうだとは思っていたが、やつは今も、俺への恐怖の感情に心を支配されているようだな。
スキル"威圧"。
対象に畏怖の感情を植え付け、行動不能にするスキル。
カエデを助ける時に、俺が使ったものだ。
あの時俺は、まずカエデの視線がしっかりと無くなっていることを"視線感知"で確認してから、軽めの"威圧"をやつに当て、瞬歩という高速移動する技術で近付いた。
おそらくやつには俺が消えたようにしか見えなかっただろう。
カエデが俺の言う通りちゃんと目を瞑ってくれたのは僥倖だった。
たとえ言う通りにしなくても最悪やるつもりだったがな。
その後はまた"威圧"を使い、その恐怖心を利用し知りたいことをやつに洗いざらい吐いてもらった。
後で使って吐かせることも考えたが、あの場で全て終わらせた方が織田さん達を気にしなくて良いだろうと思ってのことだ。
例の見張りが仲間であることも分かったし、またアジトの場所も吐かせた。
その二つの情報をもし織田さん達が知ればどういう行動をとるか全く想像出来なかったから、最後にこっそりと他のやつに喋るなと言っておいた。
勿論、俺のことを喋るなとも。
耳元では話していたが、カエデには俺とやつの会話が最後の二つ以外は全て聞こえていたかも知れない。
だが、わざわざその話を織田さんと照らし合わせたりはしないだろう。
特に今の襲われたばかりの状態であれば余計にだ。
そして万が一、心身の落ち着いた後日にそうされたとしても別段問題はない。
何故なら、やつらについてのこの一件は、俺が今夜中に全てケリをつけるからだ。




