五十三話 不二楓8
私が、愚かだったんです。
アザミさんがあんなにも忠告してくれて居たのに、それを守ることも出来ないなんて。
新しく避難民となった色黒の若い男性は、鼻ピアスをつけていて少し怖い見た目をしていましたが、それとは裏腹に、いつも白い歯を見せてニコニコとしていました。
ユキさんも、見た目いかついのに人当たりよくてびっくりだね、なんて言っていました。
まぁ私は全然タイプじゃないけどね、と笑ってもいましたが。
他の避難民の方々も同じような印象を持ったようで、彼はすぐにみんなと打ち解けていました。
そんな彼が来た日に、アザミさんは、やつを警戒しろと言いました。
その言葉に、アザミさんの言うことだから、先輩の言うことだから、と私もユキさんも疑問に思いながらも頷きました。
当初はその通り警戒心を持って接していたのですが、蓋を開けてみればそんな様子だったから、油断していたのでしょう。
いえ、それでも、警戒心は持っていたんです。
アザミさんの言う通り、部屋にはちゃんと鍵をかけていたし、夜どちらかがトイレに行くときも、二人で移動していました。
でも、アザミさんが外へ車を取りに行く、という話を聞いて、私もユキさんも、注意がそちらの方に向き過ぎていたんです。
その日、私とユキさん含む女性の避難民達は、1人の女性警察官と一緒に、2階の会議室で地図を見ていました。
今後の新たな食料調達場所の候補を避難民からも募っているようで、立地やシャッターの有無、内部の構造など、様々な条件を思い出せる限り思い出して欲しいという話でした。
丁度ユキさんが店の候補を女性警察官に地図を指差しながら説明していた時でした。
女性警察官に無線が入り、アザミさんが無事に車に乗り込んだようだという話が聞こえて来ました。
「取り敢えず安心だぁ。良かったねカエデちゃん。」
「はい、本当に……帰りも何もなければいいのですが。」
私もユキさんも、他の避難民の皆さんも胸をなでおろします。
女性警察官の方もほっとしたようで、皆さんの反応を見て、アザミさんは皆によく思われているんだな、って私のことでもないのに凄く嬉しくなりました。
「すみません、ちょっと、お手洗いに行って来ますね。」
会議には参加していたものの、アザミさんのことが気になり過ぎていて身が入らないでいた私は、その報告を聞いて緊張の糸が切れてしまったのでしょう。
もしかしたら、ユキさん含む他の皆さんもそうだったのかもしれません。
私は話し合うユキさんと警察官の2人の邪魔にならないように、何気なくそう言って会議室を出たのでした。
女子トイレはこの階には無く、居住区のある3階へと上がると、奥へと足を運びます。
と、その時あの新たな避難民の男性が、部屋から出て来ました。
「あっ……こんにちは。」
そう小さく挨拶をした私でしたが、その部屋はよくよく考えてみれば、彼の部屋ではなく、他の避難民の方の部屋でした。
「あ、あぁ、楓ちゃんか。」
「……そちらの部屋で、何をされていたんですか……?」
ざわざわと胸の奥から嫌なものがこみ上げて来て、私は一歩後ずさると、そう問いかけます。
今思えば、その行動も良くなかったのでしょう。
男は、いつも見せていたあの笑顔などどこへいったのか、目を大きく見開いては、酷く焦った様子でした。
「ち、ちがうんだ。へ、部屋を間違えただけなんだよ……」
男がそう言って一歩踏み出し、私はそれに合わせるかのように、もう一歩後ずさります。
さらにもう一歩、震え始めた足を後ろへと運んだ時、男は急に私へと近付くと、ズボンのポケットから十徳ナイフでしょうか、小さな刃物を取り出して、私の首元へと突きつけました。
「くそっ……こ、声を出すんじゃねえぞ。」
男は私の後ろへとそのまま回り込み、空いた手で口を押さえました。
ブレードの側面でしょうか、ひやりとしたものを肌に当てられ、私は要求通り声を上げるのを躊躇し、男の動くままに奥の部屋へと移動させられました。
「お、俺はもう何度も生きた人間を殺してる。声をあげたら、容赦なく、刺す。」
男は部屋に入るとそう言ってドアにカチャリと鍵を掛け、私を床へと座らせました。
「こ、こんなことをしたら……」
「うるせえ!喋るなってのがわかんねえのか!」
私が小さくそう言いかけると、それを遮るように男もまた小さく叫んでは、私を押し倒しました。
「くそ、無線機も使えねえし、ガキには見られるし、どうすれば……」
男はぶつぶつと訳のわからないことを言って、仰向けで床に寝そべる私に馬乗りになりながら首元にナイフを当てていました。
瞳孔の開いた、正気を失ったようなその瞳で私を見下ろしていたかと思えば、男は、ごくり、と大きく喉を鳴らしました。
その視線の意味するものが、今までのものとがらりと変わったような気がして、私は全身に寒気を感じます。
「ど、どうせもう詰んでるんだ。少しくらいいいよな?」
昨日まで見せていた笑顔とは全く違う、嫌らしい笑みをその顔に浮かべて私を見下ろす男が、そう言って私のナイフを当てられている場所と逆の首元へとその顔を寄せました。
「ふぅっ……!」
べろりとその場所を舐められ嫌悪感がとめどなく溢れてきて、それでも声をあげることも出来ず、私は息を吐くしか出来ません。
一瞬で目の奥から涙がじわりと滲んできました。
「ま、まだ、間に合い……ぐうっ。」
なんとか今の状況を変えようと、私が小さくそう声を出すと、男は容赦なく空いた手で私の腹へと拳を突き下ろしました。
「喋るな。抵抗もするな。わかったな?」
そして冷たくそう言い放たれて、私は頷くことしかできませんでした。
「っ……!」
振り下ろされたその手が、そのまま上へと滑り、私の胸を弄りました。
ボロボロと涙は溢れ、何故私は一人で部屋を出てしまったのだろうと、後悔の感情で胸が張り裂けそうになりました。
ジーパン越しの下腹部に硬いものが当たり、ぞわぞわと気色の悪いものが全身を駆け巡ります。
男は息を荒げてそれを押し付けては、乱暴に私のパーカーをめくりあげました。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
こんなの、嫌だ。
アザミさんの言うことをちゃんと聞かなかったばっかりに、私は。




