五十二話
前話の織田さんの台詞ちょっとだけ改稿しました。
新たな避難民の登場に、俺や織田さん含む警察官達の胸に不安の種が生まれたが、しかし男は思いの他すぐに避難民達の中に溶け込んだように見えた。
色黒で鼻ピアスといかにもチャラいという印象だが、その見た目通りといえばいいのかなんなのか、随分とコミュニケーション能力が高いようだったのだ。
常に笑顔を絶やさず、それもひとつの要因だったのかもしれない。
俺からすると、へらへらと信用ならないように見えるんだが、それはスキルで知っていることからの印象もあるのだろうか。
救助ヘリが来ていない中で、更に新たな不安を皆に持たせたくはないと織田さんは言っていた。
それでも俺は、カエデとユキには、奴を警戒しろと言っておいた。
別に他の避難民にそれをわざわざ言わなくてもいいが、一人になるな、部屋はちゃんと鍵を閉めろ、暗くなってからは対応するな、と十分に伝えた上で、更に織田さんも警戒していると名前を使わせてもらった。
いきなり俺にそう言われて二人は疑問顔だったが、拳銃を所持していたと言えば、多少の理解を示した。
もっとも、今の世の中拳銃など落ちていたものを拾うなりすることもあるだろうし、またそれを使うのは当然の選択で、二人もそれをわかっているのか、まだどうにも腑に落ちないものを感じていたようだったが。
そもそも俺だってカエデにホームセンターで拳銃を持たせたしな。
ただ単に拳銃を所持していた、というのが警戒の理由なのだとしたら、どのツラ下げてお前がそれを言うのだという話だろう。
しかしカエデはそれでも、俺の言うことだからとユキよりははっきりと頷いてはいたのだが。
今は、そのやや盲目的とも言える信頼は、有難い。
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あの男の部屋は俺の部屋からの気配感知内にあり、夜中も注意を払ってはいたのだが、結局何か怪しい動きは見せなかった。
外の見張りは相変わらずいるようだったが、そちらの方にも動きはない。
たとえあの見張りに何か手を打とうにも、動けないのが現状だった。
夜に外に出ようにも、今度は警察署内にいるあの男の動きがわからなくなるからだ。
もっとも、何か手を打つ、と言っても上手い方法など思い浮かばなかったのだが。
男がここに来てから3日経ち、今日はついに俺の乗って来た車を回収する日だ。
ガレージ内の車を多少詰めて、スペースを作る。
そこに直接乗り付けようと言うわけだ。
問題はどうやって外に出るかなのだが、これは食料調達に使っている災害対応用活動車を使うことにした。
それで普段外へ出るとき通りの手順を踏み、車の前で一人降りて乗り換える、という作戦だ。
その一人を誰がやるかと言う話だが、それは勿論俺だ。
織田さんは最初俺がやると言ったことに対し難色を示していたが、しかし結局は誰かがやらなければならない。
誰も自主的にやろうとはしないものを、希望する者がいるのならそいつに任せるしかないだろう。
更には俺が強く希望したこともあって、織田さんはそれを了承した。
だが今現在市役所には人がいない。
つまり、普段行なっていたゾンビの誘導が出来ない。
それの代用として、荷物運搬用のドローンを使用することにした。
スマホを持たせて、音量を最大にして音を流すことで、ゾンビを誘導するのだ。
何度か実験をしたのだが、やはり人の姿を見る時とは違い反応もそこまで顕著ではない。
また屋上から下方向にドローンを飛ばすため、その操作も難しく、無いよりはマシ、程度のものだ。
だからこそ車の回収役が危険なわけだが、同時にガレージのシャッターを開閉する役目の人達の危険も増している。
俺がそちらにつくのも皆の危険を減らすことになるかとも考えたが、しかしそちらは人数が多くフォローし合えばなんとかなるだろう。
誘導がうまくいけば、ガレージ側はそこまで危険はないはずだ。
俺は災害対応用活動車の後部座席へと乗り込んだ。
今回運転するのは、織田さんの部下のスキンヘッドの彼だ。
「柳木さん、無理そうなら、降りなくていいからな。」
「大丈夫、無理はしないさ。」
そうは言ったものの、せっかくなら回収しておきたい。
やりすぎない程度に、多少の無茶はするつもりだ。
どうやらドローンでの誘導は割りかし上手く行っているようで、ガレージ前にゾンビの気配はそれほど多くない。
そう思っていると、合図の無線が入った。
「いくぜ、柳木さん。」
食糧調達の時と同様の手順を踏んで、車がガレージを飛び出す。
俺の車の側には……数体まだいるか。
すぐに後ろでシャッターが閉められる。
ゾンビが中に入ったということはなさそうだな。
「くそ、やつら結構いやがる!どうする?」
「もう少し近くまで寄せて止めてくれ……ここでいい。」
ゴツゴツとゾンビを轢きながら側まで寄ったところで、俺は車のドアを勢いよく開けてそこに立つゾンビを弾き飛ばした。
そのまま車から飛び降りて、すぐにドアを閉める。
「柳木さんっ!」
その声が車からかかると同時、車のフロント側から襲い掛かるゾンビの頭に斜め下から斧を振り上げた。
サクリと耳からその刃が半分ほど刺さり、それを引き抜けばゆっくりとゾンビは倒れていく。
更に先程ドアで倒していたゾンビが起き上がろうとしているところに斧を振り下ろしトドメを刺す。
横合いからくるゾンビに蹴りを入れ、さらに目の前に立ち塞がろうとするゾンビの頭を斧で叩き割って、俺は車に乗り込んだ。
カエデと避難した時に開けたままだった助手席側のドアも閉めて、エンジンを掛ける。
「なんとかなったな。それじゃあ予定通り少しドライブといくか。」
用意していた無線機で、スキンヘッドの警察官に話し掛ける。
「全く……大した奴だよあんたは。」
無線機から、呆れたような声が聞こえてきた。
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車を回収してすぐに戻るのは、すでに周りのゾンビが反応していてガレージ側が危険なので、一旦周辺を回ろうという計画を立てていた。
こうすれば、ゾンビ共は一旦車を追って敷地外に出るからだ。
それをした後に、俺達は何事もなくガレージへと戻ってきていた。
後部座席を倒してパンパンに詰め込んだ食料を見て、織田さん達は大層喜んでいた。
スキンヘッドの彼なんかは、俺の外での立ち回りを鮮やかだのなんだの興奮気味に話していた。
正直少し恥ずかしいのでやめて欲しい。
俺は後のことは織田さん達に任せて、居住区へと戻った。
あの"新入り"が心配だからと言ったら、織田さんは納得してくれたようだった。
まあこんな真昼間にやつも何も行動しないとは思うが、しかし今は車の回収のために警察官達がこちらの方に集中していたからな、念のためだ。
俺が3階に移動すると、フロアの気配感知内に避難民の気配はなかった。
そしてそのまま俺の部屋の方に移動したときだった。
「くっ!」
気配感知で、あの男の部屋に、カエデが居るのを察知した。
それも、あの男と二人で。
俺はすぐさま走ると、鍵のかかっていたドアを、体当たりもせずにそのままぶち破った。
目に映ったのは、男に首元に小さなナイフを当てられて、上着を捲られて涙を流すカエデの姿だった。




