五十一話
「な、なんだよ。ここは避難所じゃなかったのか?」
色黒鼻ピアスの男は、両手をあげて引きつった笑みを浮かべていた。
先ほどの銃声もおそらくはこの男が外でゾンビに発砲した音なのだろう。
その片手には銃を持っていて、自分を囲み武器を構える警察官達をキョロキョロと見回していた。
「動くなよ。危害を加えるつもりはない。その武器は預からせてもらう。」
織田さんは部屋に入って来た俺を一瞬横目で見ると、そう言って拳銃を構えたまま髭面の部下と共にゆっくりと男に近づいていく。
男はその手に握る銃を取られることに抵抗は見せず、素直にそれに応じた。
持っていたのは、警察官達が使っているものと同じ、リボルバーだ。
織田さんは後ろ手でそれをほかの部下に預けると、続いて服の上から男のボディチェックを行った。
「……手はあげたままだ。大人しくしていろよ。」
男が拳銃を持っていたからなのか、織田さんは随分と警戒をしている様子だ。
俺がここに来た時は、これ程までではなかった。
まあ、俺はたかがバールしか持っていなかったしな。
今思えばやはりホームセンターから刃物を持ち出さなくて良かったのかもしれない。
それに織田さんの中でも、この間のスーパーでの出来事と結び付けて、男が銃を持っていたことに何か思うところもあるのだろう。
「……よし、手を下ろしてもいいぞ。」
男のボディチェックを終え、そう言って織田さんが一歩男から引くと、同時に他の警察官達の緊張も緩む。
「こ、ここは避難所なんだよな?何もされねえよな?」
「大丈夫だよ、手荒な真似をして悪かったね。最後に傷のチェックだけさせてくれ。」
「か、構わねえけど……」
おどおどとした様子で男がそう言うと、少人数だが部屋にいた女性警察官達が出て行く。
男が銃を持っているのを見た時点で、あらかじめ部屋から退出させていたのだろう。
男は織田さんの言葉に従い服を脱ぎ、怪我のチェックを受ける。
それは問題なかったようだったが、背負っていたリュックの中には、日用品や食料の他に、刃渡りの長いナイフや無線機があった。
「危険物は全て、預からせてもらうよ。あと、こいつもだ。」
織田さんはそう言うと、ナイフと便利ツール、そして無線機を部下へと渡す。
「む、無線機もか?」
「なにか問題あるかい?」
「あ、あぁ……そ、そいつは、ダチの形見なんだよ。なんとかならねえか?」
おろおろとした様子で、男が言う。
だが織田さんはその言葉に一度眉をあげると、首を左右に振った。
「……ちゃんとこっちで大事に保管しておくからさ。不満があるなら悪いけど出て行って貰うことになるかもしれないけど?」
「……いや、ならいいけどよ、はは。とにかく、俺は助かったんだな?」
「あぁ、もう大丈夫だよ。じゃあここを案内させるね。」
織田さんはそう言って男にリュックを返すと、部下に男の案内を命じた。
へらへらと笑いながら男は周りに愛想を振りまいていたが、しかし、その瞳からは相も変わらず敵意感知が反応していた。
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「織田さん。」
男が警察官達と共に部屋を出て行き、その場には俺と織田さんだけが残った。
織田さんはなんだか難しい顔をして、何か思案している様子だった。
「……なんだい?」
「あの男、気をつけた方がいいかもしれない。」
そもそも車に乗っている時からして敵意感知が反応していた。
いや、それはまだいい。
ここにいる俺たちが果たして本当に善意の集団であるかなど外からはわかったものではなく、大きな警戒心を持っていたという可能性もあるからだ。
梯子を上って、この部屋に着いて周りを警察官達に囲まれている時の敵意、それもわかる、当然の反応だ。
しかし全てが終わり、なお変わらず敵意を持っていたのは、明らかに不自然すぎる。
多少まだ警戒を解いていないにしても、あれでは囲まれていた時のものと殆ど変わらない。
「柳木さん。それは、僕も同意見だ。」
織田さんは"常在戦場"のスキルを持つ俺と違い、敵意を明確に感じることなどできない。
しかしそれでも、俺と同じことを感じていた。
「でも怪しいからと言う理由で、不当に扱うことも出来ない。いっそさっき暴れてくれれば良かったんだけどね、なんて思うのは自分勝手すぎるかな。」
屋上で俺が考えていたことと全く同じようなことを、織田さんは言った。
怪しいからと言って、何かをするとは限らない。
同じように、敵意を持っているからと言って、実際に何かをすると決まっているわけではない。
「もし、スーパーの感染者にあったあの銃痕が、彼と関係あるのであれば、面倒なことになるかもね。だから、念のため十徳ナイフも、無線機も取り上げたんだけど。」
「……織田さんはさすがだな。」
もし、彼が集団の中の一人であり、あの警察署の側からこちらを見張る人物も集団の一味で、彼と繋がっているのであれば、あの無線機はそれで連絡を取り合うものであったかもしれない。
見張りの存在自体知らないはずの織田さんが、きっと経験や感覚だけですぐにそれを行なったことに尊敬の念を抱く。
「ヘリも来ないし、近いうちに柳木さんの車を回収する予定だってのに。どうにもうまくいかないね。」
「仕方ないさ。俺もあいつのことは警戒しておく。」
「すまない。」
気にするな、と俺が肩を叩くと、織田さんは申し訳なさそうに笑った。




