四十八話
嫌な予感は的中し、駐屯地はゾンビ共の姿であふれていた。
俺は建物を出て、現場へと向かう。
駐屯地の周りは2メートル程の塀で囲まれ、正門は鉄柵が閉められていた。
鉄柵自体はそこまでの高さはなかったが、後ろに土嚢や木材などが積まれて補強されていて、さらにその後ろには投光器が並んでいる。
正門の前面の道路上にも、いくつもの有刺鉄線つきの柵が設けられ、防衛ラインとしての役割を果たしているようだ。
その正門の堅固さは健在で、破られたと言う様子ではない。
周りの塀のどこかが壊れてしまいそこから侵入を許してしまったのだろうか?
俺は一度離れた距離からぐるりと周囲を回り、その様子をうかがったが、特に塀などにも破損はないように思える。
となると、内側からのパンデミック発生が濃厚か。
しかし、今更自衛隊がそのような愚行を犯すだろうか?
怪我のチェックなどは念入りに行うと思うのだが。
取り敢えず中を見てみないことには考えても仕方ないかと俺は塀を軽く飛び越えて駐屯地内部へと侵入した。
この状況ではここに生存者がいるとは思えないが、万が一ということもあるのでなるべく目立たぬよう慎重に進む。
敷地内にもいくつもの移動式の鉄柵や土嚢が置いてあって、内部でも防衛線を張れるようにしていたのが見て取れる。
ここまでの準備をして、自衛隊が全滅するなどということがあるのだろうか。
血痕や空薬莢がそこかしこにあり、激しい戦闘の跡が見られた。
まずは大きな建物から見ていくかと、おそらくは隊舎だろうか、そちらのほうに移動する。
入り口には鍵がかかっていたが、二階の窓へ跳躍して、ガラス窓を破って建物内へ侵入した。
生存者が中にいた場合を考えると、ドアを壊すのは得策ではないと判断したからだ。
建物は予想通り隊舎だったようで、部屋には二段ベッドが置かれていて、わずかに生活の跡が見て取れた。
しかし建物内をぐるりと回ってみたが生存者の姿はなく、いるのはゾンビだけだった。
次は遠目に見える体育館だ。
移動中、グラウンドの方にいくつもの緑色のテントが見えた。
体育館は、避難所になっていた学校で見たものと同じように仕切りが設けられ、また荷物がそこら中に散らばっていた。
血痕もそこかしこに見え、ゾンビの数もかなりのものだ。
隊舎と比べるとずいぶんな荒れようだと思う。
体育館を出てグラウンドへと向かえば、地面にはいくつものタイヤの跡がそこに残されていた。
テントの中を覗うと、寝袋やランタン等のほかに、軍用ナイフを見つけた。
ということは、こちらのテント群は自衛隊が使っていたものなのだろう。
避難民は建物内に入れてあげて、彼らはここで寝泊まりをしていたという訳か。
取り敢えずタイヤの跡を辿ってみることにする。
途中でアスファルトになりそれは消えてしまうが、方向からして海辺へと向かっているのだろう。
さらにその方向へと足を進めれば、船着き場の前でずらりと防衛線を張るかのようにいくつもの車両が停めてある。
となると、船を使ってどこかへ行った可能性が高いか。
行き先が気になるところだが、少なくとも全滅したということはなさそうだな。
そのことに俺は安堵しまた駐屯地へと戻る。
そして念のため敷地内のほかの建物も探索してみるが、やはり生存者の気配はなかった。
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駐屯地をあとにし帰路につきながら、俺は考えていた。
当初避難所となった学校で、パンデミックが起こったのは理解出来る。
皆がゾンビの特性を知らずに、おそらくは怪我をしたままで避難した人も相当数いたと思われるからだ。
しかしゾンビに噛まれるとゾンビ化するということがはっきりとわかっているであろう今、自衛隊の駐屯地でそれが起きたのはどうにも不可解だ。
避難民を収容する際、怪我のチェックなど念入りに行うのは織田さんもやっていたことだ。
織田さんは避難民が怪我をしていた場合、それがどんな傷でも一日留置所に閉じ込めたと言っていた。
駐屯地は敷地内に建物がいくつかあり、いくら避難民の数が多かったとしても、それをするくらいの部屋はいくらでもあるだろう。
外から鍵をかけられる部屋があるかどうかはわからないが、その場合でも見張りをつければ問題はあるまい。
あまりにも避難民の数が多くてチェック漏れがあったのだろうか?
しかし市役所に来た救助ヘリに乗っていた自衛官の話からすると、それも考えづらい。
そこまでの人数を避難させることが出来ていたならば、燃料の問題自体起きていないことにもなり、警察署への救助もすぐに来ていたのではないだろうか。
偶然あの市役所にヘリを飛ばしたその日に燃料不足に陥ったなどということもあり得なくはないが、その場合そもそもわざわざ遠くにヘリを飛ばすようなこともしなかったはずだ。
常に燃料がカツカツの状態で救助活動を行なっていたと考える方が自然だろう。
となると、他に考えられるのは……駄目だ、何故内部からパンデミックが起きたのか、全く想像がつかない。
やはり単にチェックがお粗末だっただけなのか?
とにかく分かったことは、あの様子では自衛隊の救助を期待するのは虫のいい話だということだ。
船で逃げ出したということは準備もしていたのだろうから、どこか行くあてがあっての行動だとは思うが、その逃げ出した先からまたすぐにこちらに救助を飛ばしてきてくれると考えているのは楽観視しすぎに思える。
駐屯地にいたゾンビに自衛隊の姿こそ少なかったが、それでも数多くのゾンビがいて、戦闘の跡もそこかしこで見られた。
計画していた脱出作戦を、慌てて実行に移したのであろう。
準備万端とはいかなかったはずだ。
この事実を織田さんに伝えることはできないが、しかし織田さんが外に出るのを迷っているならば俺が自信を持ってそれを後押しすればいい。
そしてそれを俺が最大限フォローしよう。
雨の降る闇夜の中、建物から建物へと飛び移りながら、俺は警察署へと急いだ。




