四十五話
食料調達から戻り、俺は織田さんの部下達と共に屋上で、ドローンを使っての市役所への食料の運搬作業の手伝いをしていた。
市役所にも元々備蓄食料の類はあったのだが、数が足りなくなってきているとのことでこうして度々運んでいるらしい。
そもそもが、織田さんがここを新たに避難所にしようと思い立った時に、あのいつも市役所ロビーの日よけ屋根に下りてきていたおじさんがそれならばと、手伝う代わりに食料を回してくれと頼んできたらしい。
当初はただはしごをぶら下げるだけの避難方法だったのだが、数々の犠牲を経て今の方法へとなったそうだ。
こちらの屋上の見張りも市役所の屋上の見張りも、勿論警戒をする意味もあるが、何より新たな避難民をいち早く見つけ今の避難方法を実行するために立てているのだから、頭が上がらない。
もっとも、織田さんは贖罪だとは言っていたが、それだけではないだろう。
ここにいる警察官達や市役所にいる職員達の慈愛の精神は素晴らしいものだと思う。
ちなみに飲み水の類だが、どちらの建物にも屋上に貯水タンクがあり、今のところはそれで水道が使えている。
しかしかなり節約はしているものの、特に人数の多い警察署の方は、それもいつ切れるかわからないと織田さんは言っていた。
と、眼下のゾンビ達が突然一斉にドローンの方向とは別の空を見上げた。
聴力も魔力によって強化されているためだろう、屋上にいる面々よりもその反応が早かった。
俺にも聞こえる。
そして、見えた。
「あれは……」
隣にいたスキンヘッドの彼も気付いたようだ。
遠くの空に、浮かぶ影が見えた。
それはバタバタと音を立ててこちらへと飛んでくる。
「軍用ヘリ!」
彼は双眼鏡を使い機影を確認すると、すぐさま無線機で織田さんへと連絡を取る。
自衛隊が、生きていたか。
さすがにゾンビ相手に全滅しているなどとは思ってはいなかったが、織田さんに聞いても全く動きがなかったようだったから、それを知れたのは一つ安心だ。
ヘリコプターの方向から視線感知もあり、こちらを認識したのは間違いなさそうに思える。
これは、救助を期待してもいいだろうか。
バタンと珍しく大きな音を立てて屋上のドアを開け織田さんが到着する。
空を見上げ、双眼鏡を覗いて織田さんはブルブルと震えた。
「……助けられるのか……?」
自衛隊に保護されれば、避難民の安全は100%とは言えないが、まず保障されるだろう。
この瞬間になってなお、自分の身ではなく他人を思いやる織田さんの心意気に俺は胸を打たれた。
ヘリコプターはどんどんこちらへと近づいて来て、やがて市役所の上空へと辿り着いた。
そのままヘリはゆっくりと降下していく。
市役所の屋上は十分な広さがある。
詳しいことはわからないが、輸送ヘリでもないあれくらいの普通サイズのヘリならばサイズ的に降りることも可能だろう。
ヘリは無事市役所の屋上へと降り立ち、中からアサルトライフルを持った自衛官が一人出てくる。
すでに向こうもこちらも、屋上にはほとんどの避難民達が集まっていた。
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織田さんは市役所と繋がっている無線機で自衛官と話をした。
結論から言うと、あのヘリは確かに救助ヘリで生存者を拾うために飛ばしていたのだが、今日はもう一往復しか出来ないのだそうだ。
駐屯地ではその近隣の救助を行なっていたため、こちらの方にヘリを飛ばすのは今日が初めてだったらしい。
すでに避難民は多数保護されているとのことだった。
一往復しかできない理由は時間的な問題で、今の時間だと駐屯地に戻ってからここにまた来て、それをさらにもう一度繰り返すとなると、周囲が暗くなり危険な作業になるかららしい。
確かに市役所の屋上にヘリを停めること自体電気が通じていない今、夜に大した明かりもなく行うのはかなり危ないだろう。
またこちらの警察署の屋上はヘリが停まるようなスペースは無いから、救助するならば上空でホバリングをして縄はしごを使うことになる。
それをするならば尚更夜に行うのは危険だろう。
ヘリの定員は本来乗組員を合わせて5名だが、多少無理をすれば二回で市役所にいる全員は乗れる計算らしい。
最初は警察署にいる避難民と合わせて女性を優先的に運んで貰おうと提案したが、やはり縄はしごを使っての救助は時間がかかるということで、まずは市役所の人達を全員運んでしまおうという話になった。
警察署側にいた避難民達がそれを聞いてどうなることかと思ったが、予想に反してそこまでの反発はなかった。
どうせまた来るんだろう、それなら一緒だという言葉を皮切りに、周囲のムードも落胆したものではなくなっていた。
市役所側にいるのはパンデミック当日に残って居た僅かな職員と、逃げ込んできた一般人。
対して、警察署には多数の警察官がいる。
戦える人員がこちら側にいるというそのような状況から、自衛官が先に市役所側の人を運ぼうと判断した可能性も決して少なくはないだろう。
避難民達の中にも、同じことを考えた人たちがいるはずだ。
にも関わらず、さしたるトラブルもなく事が運んだのは、避難民達の織田さんを始めとした警察官達への信頼や感謝の表れだと思う。
同時に、やはりここにいる避難民達は、皆決して悪い人たちではないと改めて思うのだった。




