四十三話
俺は織田さんの苦悩を受け止められたのだろうか。
こんな自分がいくら彼に言葉を並べたところで、それは中身のない空っぽなものに過ぎず、それで本当に織田さんは救われたのだろうか。
カエデとここに避難をしてから数日が経った。
カエデはユキと仲良くやっているようで、他の避難民との関係も良好なようだ。
ユキは会社で一番の若輩者だったが、あれでいてコミュニケーション能力は高く、今回の件で面倒見のいい一面も知った。
カエデのことを、ユキに任せてよかったな。
カエデはこの避難所で一番若く、やはり不安が大きいだろうから最初は俺と同じ部屋で過ごさせようと思っていた。
しかし後になって、俺は部屋に一人の方が都合がいいと考えた。
何故なら何かあった際に、見張り以外が寝静まった深夜などに、外に出ることも可能だからだ。
この部屋は3階だが窓から出入りすることは別に苦でもなんでもない。
その際には特に市役所の方の見張りの目を上手いことかいくぐらなければならないが。
だが同じ部屋にカエデがいるとなると、それをやるのは無理だ。
またユキの部屋は気配感知の範囲内のすぐ近くで、俺が見張り番や外出さえしていなければ、万が一何かあった時にも対応出来る。
ユキが積極的にカエデと同じ部屋でと提案してくれて助かった。
……最初は何やらおかしな想像をしていたようだったがな。
カエデとユキは、わざわざ俺の前でガールズトークに花を咲かせなくてもいいだろうに、やることのないときはいつも俺の部屋へと来ていた。
ここに初めて来た時のようなユキのスキンシップはなりを潜めたが、逆にカエデのスキンシップが少しだけ増えた気がする。
随分とカエデには懐かれたものだ。
この避難所を調べる前、俺はカエデをここに預けて何処かへと行こうと思っていた。
ここの暮らしはこうして過ごして見ても安全そうには見えるし、それをしても問題はないだろう。
しかし実際はユキもこの避難所に居たし、何より今は、出来る範囲で織田さんの手伝いがしたかった。
織田さんの苦労は、多少なりともわかっているつもりだ。
いつも明るく振舞ってはいるが、その胸中はどれほどのものだろう。
少しでも、彼の手助けをしたい。
罪を赦す資格のない俺が無責任な言葉を投げかけた分、少しでも。
今日は食料調達の日で、早速それが出来ることに、俺は内心喜んだ。
行動を共にすれば、織田さん含む警察官達が怪我をすることも、俺との距離が余程離れでもしない限りはあるまい。
勇敢な彼らを今までより安全に活動させられるであろうという事実だけで、俺の罪悪感はわずかばかりではあるが拭えるのだ。
前回参加した時のような手順を踏み、俺たちは警察署を出る。
ルート選択に多少変更はあるが、目的地は同じあのスーパーだ。
道中のコンビニなど小店舗への寄り道は、俺の気配感知が役に立つ。
勿論それを言えるわけもないから、見えない場所にいるゾンビに不自然にならないよう俺が率先して最初に"接敵してしまう"ことにする。
そうすることで、彼らの危険を少しでも減らしたかった。
彼らにとってはただ一つのミスで下手をすればそこでゲームオーバーだ。
否が応でも、俺も慎重にならざるを得ない。
「柳木さん、前から思ってたが、あんた凄いな。」
荷台で左隣に座るスキンヘッドのゴリマッチョが小さな声で話しかけてくる。
「あんたみたいな奴が手伝ってくれて嬉しいぜ。正直人手はいくらあっても足りない。」
右隣に座る髭面の強面も、それに続いた。
「大したことはない。織田さん含め、みんなの方がよっぽど凄いさ。」
そう、俺は何も凄くない。
ただ異世界から持ち帰ったその力があるだけだ。
それが無ければどうなっていたか。
あの日異世界転移した直後のように、ただ何も出来ず震えていただけだったかもしれない。
ゾンビに対する恐怖を押さえつけ、それでもなおこうして外に出て戦っている彼らの方が、余程のこと凄いと思う。
それも、自分のためだけではなく、赤の他人の避難民達のためにも行動をしているのは、それこそ尊敬に値する。
ゾンビを轢く度にゴトゴトと揺れる荷台の上で、男三人でぽつぽつと会話を交わす。
勿論周囲の警戒は怠らない。
そしてこの間と同じようにいくつかの小店舗を回って、目的地のスーパーへと到着した。
正面のシャッターは相変わらずしまっていて問題はないように見えた。
が、裏手に回った時に変化があった。
ゾンビの数は前回と同様、いやむしろそれよりも少なく見えたが、代わりに搬入口のシャッターがひとつ、開いていた。
「……やつらの数はまだ少ない。シャッターは閉めず一旦中に車を入れ、荷台の上から周囲を索敵の上、そこで行けそうならシャッターを閉める。いいな?」
状況からして本来であればかなり迷うところだろうに、織田さんの判断は早かった。
無線機から聞こえるその声に焦りなどは感じられず、頼もしささえ感じられる。
このスーパーの構造は良い。
店舗が全てシャッターと壁に覆われているから、店内のゾンビさえ掃除してあれば新たに敵が現れることがないからだ。
何より大量の物資があり、しかもそれを搬入口に停めた車に安全にそのまま運べる。
今更同じ条件を満たす大型店舗を探すのはなかなか難儀だろう。
であるならば、今多少のリスクを取るというのは決して悪い選択肢ではないはずだ。
織田さんの指示通り、車で中に入って状況が悪そうならすぐ戻ればそれほどの危険もないだろう。
その指示に皆反対意見を寄せることなく行動に移る。
まずは俺が荷台に乗っている、織田さんの車が搬入口へと入る。
気配感知によれば搬入口内のゾンビは9体か、これならば車の上から問題なくやれるだろう。
「近くに5体いる。」
ぐるりと周りを見回して、まずは直近にいるゾンビの数を最速で報告する。
勿論見回す必要などないのだが。
「通路に2体、搬入口奥に2体。」
車に群がるゾンビの頭に斧を振り下ろし、さらに報告。
「これで近くには4体。」
臨戦態勢を取りつつも、俺の目の良さにぎょっとなる同じ荷台にいる二人だが、報告を受けた織田さんはすぐさま後方の車へと指示を飛ばした。
勢いよくシャッターが閉められる。
……後方の人達は、無事か。
一瞬の待機だったが、その間にゾンビに集まられシャッターの作業中に地面へと引き込まれなくてよかった。
外のゾンビの数が少ないのも幸いしたな。
「3体外から入ってきている、掴まれないように注意しろ。」
シャッターを閉めたことで搬入口内は暗くなるが、シャッター側はバックで入って来た俺たちの車が、こちら側はフロントで入って来た車がそれぞれヘッドライトで照らしている。
さりげなく明かりの届かない死角になりやすそうな場所にいるゾンビにも光を当て、荷台の面々をフォローする。
奥や通路からも新たに複数のゾンビが出現するが、やがて危なげなくそれらを倒すと、外でシャッターを叩く音以外、搬入口は静かになった。




