四十二話 雪ノ下すみれ3
先輩は、生きていた。
久しぶりに会った先輩はなんだかゴツくなっていて、こんな世の中になってお風呂なんて入れないのに、肌のハリもよくて若返っているかと思ってしまうくらいだった。
羨ましい!
……じゃなくて。
先輩は、何かを隠している。
先輩は、感染者を怖くないなんて言っていた。
それが隠している何かと関係するのかはわからないけれど、その言葉通り先輩はまたこの避難所を出て行って、カエデちゃんを連れて無事に戻ってきた。
あり得ないこともないけれど……やっぱりあり得ない。
私はとても運良くここに避難出来たのだ、もう一度同じことをやれと言われても出来る気がしない。
私の目の前で死んでしまった人達だって、特別運が悪かったなんて思えない。
だけど先輩は二度もここへと避難している。
それも途中で織田さんたちと別れてカエデちゃんの場所まで行って、という行程を混ぜて。
一体何を隠しているのか皆目見当がつかないけれど、私は先輩が生きていたってだけで嬉しいからもう聞かないことにした。
しつこい女だと思われたくないもんね!
いや、十分しつこく聞いちゃったような気もするけどさ……
「じゃあ……私も、ユキさん、って呼んでも、いいですか……?」
と、目の前に座るカエデちゃんが、もじもじと股の間に手を挟んでは、上目遣いで聞いて来た。
織田さんと話をしに行った先輩を待つ間、私の呼び方を考えていたところだった。
好きに呼んでいいよって言ってから、ずっとうんうん悩んでいたようだったが、ついに決定したらしい。
「ん?別にいいよー。」
「あ、あのっ!アザミさんがそう呼んでたから……失礼でしたら改めますので……」
「大丈夫だよー。先輩が会社でそう呼んでから、他のみんなもそう呼ぶようになっちゃってたし。」
私がそう言えば、ほっと胸に手を当てて安堵の表情を浮かべるカエデちゃん。
随分と庇護欲を誘われる女の子だなあ。
まともにお手入れもできないだろうに、それでも綺麗な長い黒髪に、整った真面目そうな顔。
遠慮がちにこちらを窺う綺麗な瞳。
一言で表すならば、まさに美少女と言うのが相応しいだろう。
「カエデちゃんは可愛いなー、うりうり。」
「きゃ!」
そう言って抱き付けば、これまたいい匂い。
なんで!?ずるい!
「ちょっとっ、あっ、許してください!」
これも若さなのか、若さゆえなのかっ、とその脇腹をつついてはカエデちゃんを弄ぶ私。
「何をしてる……」
気づけば、先輩が部屋のドアを開けて呆れ顔で立っていた。
+++++
先輩は部屋に入るなり椅子に座ると、顎に手を当ててどこか難しい顔をしながらぼんやりと壁を見つめていた。
「あの……アザミさん。織田さんとの話、何かあったんですか?」
カエデちゃんはそんな先輩に心配そうに声をかける。
「あぁ……いや、何も無い。織田さんとは、そうだな、今後について話して来ただけだ。」
「今後って……」
「そんな顔をするな。別に居なくなるとか、そういう話じゃない。」
「そうなんですか……良かった。」
カエデちゃんはそれを聞いて、にっこりと笑顔を浮かべた。
……やっぱり可愛い、ずるい。
先輩も、カエデちゃんみたいな女の子が好きなのかなあ。
いやいや、でもカエデちゃんはまだ高校生になりたての、15歳だという話だった。
犯罪!犯罪よ!
……でもこんな世の中になって、犯罪も何もないか。
「ユキ、何を考えてる?なんだか変な顔してるが。」
「えっ!?って、変な顔って!乙女に向かって失礼ですよ!」
「すまんすまん。ユキ、カエデの面倒見てくれて悪かったな、ありがとう。」
先輩はほんとにデリカシーがない。
けど時たま今みたいに優しくしてくれるんだよなあ。
「大丈夫ですよー。いつでも言ってくださいね。」
ぱたぱたと顔を扇いで私は言う。
少し顔が火照っているように感じたからだ。
「カエデは部屋を決めたのか?」
そう言えば、呼称を考えてたりふざけていたりしたせいで、それを決めていなかった。
ここでのルールやお仕事なんかは、説明していたんだけどね。
先輩の言葉に、カエデちゃんは顔を赤くして恥ずかしそうに答えた。
「あっ。それなんですけど、今まで通り、アザミさんと一緒に寝ちゃ、駄目ですか?」
「えっ。」
自然と私の口から言葉が漏れた。
ギギギ、と音がするかのようにゆっくりと先輩の方を向く。
犯罪も何もないかとは言ったものの、やっぱり犯罪ですよ先輩!
そんな瞳を向ければ、先輩は珍しく慌てたような素振りで口を開く。
「待てユキ、何か誤解をしている。」
「あっ!ち、違うんです!同じ部屋って言う意味で……!」
カエデちゃんもそれに倣ってわたわたと目の前で手を振っては、私の想像を否定する。
先ほどよりも顔を真っ赤にして否定するその姿は相変わらずとても可愛らしい。
……いや、ちょっと待って!
カエデちゃん、なんだか満更でもなさそうな気がするんだけど!
そういえばここに来た時もなんか抱きついていたし!
これはいけない、いけませんね。
先輩を犯罪者にしないためにも、私が一肌脱がなければ!
「カエデちゃんはまだ子供だし、誰か居てくれた方が安心だよね!じゃあ私と一緒の部屋にしよ!」
「すまんな、ユキ。そうしてくれると助かる。カエデも心細いだろうし、正直頼もうと思っていたんだ。」
私の提案に先輩はそう頷くと、カエデちゃんの方を向く。
当のカエデちゃんは一瞬寂しそうな顔をしたような気がしたけど、すぐに私に向き直り、
「じゃあ、ユキさん……甘えてもいいですか?」
なんて上目遣いで聞いて来た。
あぁもう、可愛いなあ。
なんだか悪いことをしたような気もするけれど、先輩が元々その気でいたのなら、平気だよね?
「大丈夫だよー。おねえさんにうんと甘えていいからね!」
私はそう言って、カエデちゃんの頭を撫でた。
たまにはちょっと緩い感じで。




