三十二話
カエデを市役所に連れて行くのは、多少日にちをあけた方がいいと思われた。
車を降りた俺が一人カエデを保護している場所まで移動し、そこからまた大して時間もかからずに市役所へと舞い戻ってはいくらなんでも不自然に過ぎるからだ。
まあ2、3日もあければいいだろうか。
俺は織田さん達と別れた後、付近の建物の中へと入り夜になるのを待ってから、ホームセンターへと移動する。
いつの間にか、外は雨が降っていた。
傘でも差したいところだが生憎とそんなものはなく、服をビショビショに濡らしながらの移動となった。
濡れたまま行動するのは異世界生活で慣れてはいたが、やはり不快なものは不快だ。
市役所へ接触する前の晩にホームセンター近くに停めてあった車を改めて運転して、正面入り口側に停めておく。
あの晩にここまで車を運んで置かなかったのは、俺のいない間にここに車を停めていては、知らぬ誰か、特にこんな世の中になってしまったことにより"壊れてしまった人"がここを通った時に、この店の中に誰かがいると思われては、ともすれば面倒なことになるかもしれないと思ってのことだ。
ホームセンターを出てから丸二日経っての帰宅となってしまったが、カエデはちゃんとやっているだろうか。
風邪がぶり返したりしてはいないだろうか。
そんなことが自然と頭に浮かんできてしまい、俺は自嘲した。
元々数日留守にするとは伝えてあっただろう、何を過保護なことを考えているんだ俺は。
そう思いながら、一階にまた入り込んできていたゾンビを軽く掃除して、動いていないエスカレーターを上がる。
二階に新たに設置したバリケードは破られた様子もない。
三階のバリケードも同様だ。
それを飛び越えて、気配感知に登録していたカエデの気配を察知する。
取り敢えずは、無事なようだな。
そのことに俺は安堵すると、バックヤードへと足を進める。
雨の中を歩いてきたせいで濡れた靴がぴしゃぴしゃと音を立てていた。
コンコン
「カエデ、いるか?」
いるのは勿論わかっているのだが、そう声を掛けた。
「……アザミさん、ですか?」
小さく、部屋の中から返事が返ってくる。
俺の言いつけ通り、今度はすぐにはドアを開けなかったか。
「あぁ。」
「今、開けますね!」
鍵を開ける音がしてドアが開けば、LEDランタンを持ったカエデが俺を迎えてくれた。
カエデは機動隊のプロテクターを着けた俺の姿に一瞬ぎょっとなるが、顔を確認すると安堵し微笑み、何を思ったのかそのまま抱きついてきた。
「おかえりなさい、アザミさん!」
「あ、あぁ。」
「怪我はありませんか?大丈夫ですか?」
「大丈夫だが……あー、濡れるから離れろ。」
唐突に抱きつかれ困惑する俺だったが、カエデがさらに、ぎゅう、とその力を込めてはその顔をうずめてきたので、その身を引き離した。
「これくらい、平気ですよ……」
「カエデは何もなかったか?」
「あっ……はい!体調は前よりずっといいですよ。アザミさんのおかげです。」
カエデは一度口をとがらせるが、俺がそう質問をするとすぐに笑顔になり、元気に答えた。
何がそんなに面白いのかはわからないが、取り敢えず無理をしている、などと言うわけではなさそうだな。
「それなら良かった。向こうで体を拭いてくる。」
「あっ。気が利かなくてすみません、風邪でも引いたら大変です……」
「気にするな。」
どうせ、放っておいたところでおそらく風邪などひかないだろう。
ここ何日かの夜の移動中に色々と試せる範囲でスキルを使ってみたのだが、それらのスキルが全て使えている現状、"状態異常無効"のスキルも効いていると思われるからだ。
このスキルを取得してからは異世界で体調不良になったことなど一度も無かったからな。
尤も濡れ鼠でいるのはシンプルに不快なので、着替えるために俺は一人男子更衣室へと足を運んだ。
背負ったリュックをどさりと床に置いて服を脱ぐと、自宅で入れておいた服とタオルをアイテムボックスから取り出し体を拭く。
濡れた服は更衣室内にあるロッカーを開いてハンガーにかけそのまま乾かすこととにした。
体を拭き終え新たな服に着替えると、ひと心地ついた。
そう言えば、市役所に接触する前にあのマンションの一室からカエデに服を持ってきていたな。
さっきので、濡れなくてもいいのに濡れてしまっただろう。
ついでに持って行ってやるか。
そう思い再びアイテムボックスを開き一着服を取り出すと、それを手に俺は更衣室を出た。




