三十一話
その後、二店舗目からは俺も外に出て手伝い何軒かの小店舗を回り、今日の最終目的地予定のスーパーへと着いた。
ここまでの道中は安全マージンを取って、店舗内にゾンビの数が多かったら寄らず、また付近のゾンビの様子も見ながらでの作業だからあまり時間も取れず、そこまで多くの物資を積むことが出来なかった。
だがそれも想定の範囲内らしい。
道中でさしたる危険もなく回収できる時は少しでもやっておこうという判断で、本命はこの店舗のようだ。
駅から少し離れた比較的大きなこのスーパーの正面は、全てシャッターが閉まって居た。
駐車場にはまばらにだが、しかし決して少なくはないゾンビ共がうろついている。
織田さんはそれを確認すると、一度周辺の道路を大きくぐるりと回って裏の方へと移動した。
平時であればトラックなどがここに停まるのであろう、比較的広いスペースの先に搬入口があり、こちらもシャッターが閉まっている。
大通りとは離れて裏道に位置するからか、幸運なことにゾンビの姿もそれほど多くはない。
「行けそうだな。やるぞ。」
織田さんが合図を送るとともに、二台の車はそれぞれフロントとバックでそのスペースへと侵入する。
織田さんはバックでシャッターギリギリにピタリと車を停める。
後ろの荷台に乗っていた二人が車を降りずにその場からシャッターを開けると、そのまま二台の車は滑り込むように搬入口へと入って行く。
そして後続のフロントで入った車が先程の手順の逆を踏んでシャッターを閉めた。
それにかかった時間はわずかなものではあったが、数体のゾンビの侵入を許してしまう。
ゾンビ共は荷台の上にいる面々に襲いかかろうとはするものの、しかしこの震災対応用活動車は車高も高く、その牙が彼らに届くことはない。
無慈悲にも無防備なその頭に斧を上から振り下ろし、ゾンビ共の死体がいくつか出来上がった。
搬入口への侵入を果たせなかったゾンビ共がシャッターを叩いている音が響く。
「うまくいったか……周囲を警戒しろ。」
織田さんは人心地ついたように息を吐き出すと、無線を飛ばした。
高所にある小窓から僅かばかりの日の光が届いて、決して明るいとは言えないが建物内は暗闇と言うほどではない。
それでも荷台の上からフラッシュライトを照らし慎重に周囲を警戒して異常がないことを確認すると、俺たちは車を降りた。
気配感知には、搬入口内にゾンビの反応はない。
危険はなさそうだ。
しかし外のゾンビ共は今は数も少ないが、あの音につられて付近のゾンビ共はどうしても集まってきてしまうだろう。
帰りが少々心配だな。
「作業が終わる頃には多少は散っているはずだよ。勿論、警戒するに越したことはないけどね。」
ちらりと今も叩かれているシャッターへ視線を向けた俺に、織田さんが言った。
「大量に物資のあるここを見つけられたのは運が良かった。」
織田さんは、おそらくこのスーパーはパンデミックの日からシャッターが締め切られていたのではないかと言っていた。
閉店後、そして商品搬入後でもあったのだろう。
ともあれ搬入口のシャッターも閉まっているという時間帯にパニックが発生していてそのままの状態だったようで、織田さん達が初めてここに来た時から、店内にゾンビの姿はなかったようだ。
店前全てにシャッターをつけている店舗だったことが何よりも幸運だった、と織田さんは言っていた。
まずは搬入口内で倒したゾンビを建物の壁側へと寄せる。
こうしておくことで物資を運ぶときに倒れているゾンビの死体に余計な意識を割かなくてもいいし、不慮の事態で撤退する際にも邪魔にならない。
その後俺たちは搬入口から暗いバックヤードを通り、店内へと侵入する。
勿論警戒は欠かさず、隊列を組んでの進行だ。
店内は広く気配感知が全てに行き渡らないがそれでも範囲内に反応はない。
光源は建物左右を囲む壁の上部の小窓からの僅かな光のみで、広い店内の中心部には全くと言っていいほど光が届いていない。
商品棚と商品棚の間ともなれば尚更だ。
全員慎重にフラッシュライトでその闇を照らしての作業は、随分と長い時間を要した。
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スーパーマーケットでの荷積みは時間がかかりとっくに昼を回っていたが、それでも何か問題が発生することもなく終わった。
作業を終えての出発の際にも、俺の心配をよそに、織田さんの言う通りゾンビがシャッターを叩く音はもう無くなっており、また脱出にそう危険を要することもなかった。
と言うのも、搬入口を出る際に最初に外のゾンビが目にするのはシャッターを開いた先頭車両の荷台に乗る人であり、その車を外へと走らせればそれをゾンビは追う。
その隙に後続の車両がシャッターを閉めるのだから、その一連の流れにそこまでのリスクはないと言うわけだ。
勿論危険は無いわけではないだろう。
しかし避難所で織田さんの言った、出来ることを出来るだけやる、と言うのをまさしく体現していた。
改めて織田さん達の手腕に感心していると、ハンドルを握り車を走らせる織田さんは俺に静かな声で尋ねてきた。
「……柳木さん。本当に、行くつもりなのかい?」
「あぁ。」
俺もその問いに、静かにただ一言そう答えた。
「柳木さんは、ゾンビ相手に物怖じもせず動いてくれていた。避難所に、柳木さんみたいな人が居てくれれば、助かるんだけどね……」
「戻ってきたら、また手伝うさ。」
「……そっか。」
それを最後に、織田さんの無線での交信以外は沈黙が車内を支配した。
織田さんはずっと何かを言いたそうにしていたが、しかしそれを言うことはついにはなく、やがて周りにゾンビの少ない降りても良さそうな場所へと辿り着く。
「ここでいい。いつになるかはわからないが、なるべく晴れの日を選んでおそらくは車で戻る。」
「……気を付けて。」
後ろから聞こえてきた悲しそうな織田さんの声に振り返らず、俺は速やかに車を降りた。




