三十話
車に乗り込んだのは、朝の9時頃のことだった。
食料調達組は皆日が昇る頃には起きていたが、外のゾンビの様子をみてなるべくその数が少なかったり、いる場所が都合の良いそのタイミングを見計らっての出発となりその時間にずれ込んだのだ。
ガレージには特殊車両がいくつかあり、外に出る際には最低地上高——地面と車の底の幅——と車高の高さから震災対応用活動車が主に使われているようだ。
今回使用するのはそれを二台で、俺や織田さんを含めた男性警察官たちはそれらに乗り込むと、トランシーバーで市役所や警察署内と連絡を取り合う。
ガレージ前にゾンビがいないことを上の階から確認すると、居残り組の男性警察官と、男性の避難民が静かにシャッターを少しだけ上げる。
下から覗いて改めて近くにゾンビの姿が無いことを確認すると、素早くしかしなるべく音を立てないようにシャッターを開けた。
それとほぼ同時に車にエンジンをかけて、俺たちはガレージから外へと飛び出した。
その音でガレージに迫ろうとするゾンビを躊躇なく轢いて、道路へと車を走らせる。
後方を見れば、すでにシャッターは閉まっていた。
手慣れた動きだ。
俺がそれに感心をしていると、ハンドルを握る織田さんが言った。
「行きはこんなもんさ。問題は、帰りだよ。」
確かに、出る時はたとえガレージ前に多少ゾンビが居ても車を出すときにそのまま轢いてしまえば、シャッターの開閉をする人達の危険はかなり少ないだろう。
車で轢いてもゾンビはそうそう殺せはしないだろうが、しかし倒れてもたついている間にでもシャッターを閉められれば問題はない。
逆に戻るときには車が入ってからシャッターを閉めねばならず、下手をするとゾンビ共を車でガレージ内に押し込むことにもなりかねない。
またそもそも行きはもし周りにゾンビが居てまずいとなれば出発しないこともできるが、それと違い帰りは車の音でゾンビ共を引きつけながらここに来ているわけだから、ガレージへの入車が失敗したら酷いことにもなる。
織田さんは道路上にいるゾンビ共をゴンゴンと轢いては、苦虫を噛み潰したかのようなしかめっ面をして、ゆっくりと車を走らせる。
予め決めておいたルートを走りながら最初に車を停めたのは、国道に面する一軒のコンビニだった。
入り口のガラスは割れ、店内は商品棚が倒れて荒れた様子だった。
周りは見晴らしが良く、そう遠くもない場所には数多くのゾンビの姿もある。
「2分だ、急げ!」
織田さんの無線機による号令とともに、運転手を残して車の中と荷台から一斉に外へと降りる警察官たち。
身には機動隊のプロテクターを纏い、銃器も携帯はしているが手には斧やさすまたを持っている。
大きな音の鳴る銃器はあくまで補助で、そして武器の構成からしてゾンビと相対する際には一対一ではなくなるべく二対一の状況で相手をするという事であろう。
ゾンビ相手には悪くない選択肢に思える。
やつらは目の前に獲物が居たらただひたすらに直進してくる。
それを遠くから抑えつけその隙に頭に斧を振り下ろせば、二人が斧を持った状態の二対一よりもかなり安全に倒せるだろう。
ちなみに、最初は動きづらいから必要ないと断ったのだが、織田さんに言われ俺もケブラー繊維のカバーを下に着け、最小限のプロテクターを身に付けている。
これらはそのまま持っていっていいと言われている。
そんな装備をしている俺も外に行くとは言ったのだが織田さんが最初は見ていてくれと強くそれを止めたので、今回は見学ということで織田さんと車の中で周囲を警戒しながら待機をしている。
まだ、周囲のゾンビとの距離は離れている。
と、がしゃん、とコンビニ内から音が響いた。
『……バックルームに一体いたが排除。怪我人は無し。』
トランシーバーからの声に、俺は安堵した。
気配感知で、建物内に一体いることを知っていたからだ。
それを伝えるいい方法など思い浮かぶはずもなく、ただ気をつけてくれと言うしかないまま作戦は決行されたので、無事にそれを排除できたことに俺は胸を撫で下ろした。
1分ほどが経過して、店内の安全を確保したのだろう、ダンボールや商品を入れた買い物カゴを持って店内に入った警察官たちが出てくる。
二往復して二台の車にそれらを分けて積むと、周囲のゾンビが接敵するより先に全員が車に乗り込んだ。
ゾンビ一体程度は苦にもしないか。
織田さんの指揮も他の面々の手際の良さも、見事なものだ。
「次だ、行こう。」
織田さんはそう言ってまた車を進めるのだった。




