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二話

 

 おぼつかない足取りでゆっくりと男がこちらに歩いてくる。

 がくんがくんと言うかのようなその歩みにつられるようにして辛うじて繋がっている首と頭が揺れていた。


「おいおい、仮装かドッキリか何かか?」


 俺は男とは反対側に後ずさりながら話しかける。

 返答はなく、ただ男は歩みを進めるだけだ。


 そう言葉にはしたものの、この存在がフェイクなんかではないことを俺はハッキリと感じていた。

 こちとら異世界で何度も本物のアンデッドと対峙してきたんだからな。


「……ちっ」


 ゾンビなんぞ物の数ではない。

 それこそその気になれば指先一つで倒すことだって不可能ではない。


 それでも……俺は何かの間違いであって欲しいと、一つ舌打ちをしてその場から逃げ出した。


 廊下を駆けて非常階段へのドアを開け、階段を降りる。

 最初は一段飛ばし、すぐに二段三段となり、二階に着く折り返しの階段の頃には何の苦もなく一度に全部飛ばして移動していた。


 おそらく力以外の能力も、異世界のままか。


 そう体で感じながら一階に降りた先、外へ通ずるドアの前には頭を潰されたスーツ姿の男が仰向けに倒れていた。

 その傍らには金属バットが転がっている。


「死んでる、よな」


 それを手に取り、死体を突く。

 反応はなく、ただ乾いた感触が金属バット越しに伝わってくるだけだ。


 俺は一度ごくりと唾を飲み、ドアノブに手をかける。

 そしてなるべく音を立てないようゆっくりとドアを開け、その隙間から見る光景に絶句するのだった。


 ドアから少し離れた道路はこの時間ならばそこそこの人通りと車通りがあるはずだ。

 だが今はその代わりに、足を引きずり歩く音とうめき声、その主である多数の亡者の姿があるだけだった。


 俺はそっとドアを閉めると、今降りてきた階段をまた登るのだった。


 +++++


 ガンガンガン、と部屋のドアを叩く音が聞こえる。

 時折カリカリガリガリとも聞こえてくるが、大方先程のゾンビがドアを引っ掻いてでもいるのだろう。


「一体何がどうなってんだ……」


 あの後俺はまた4階に昇り、非常ドアの前に陣取っていたゾンビを拾った金属バットで押しのけて自分の部屋へと戻っていた。


 玄関に腰を下ろしたまま靴も脱がずにうなだれて一人呟く。


 俺は、本当に元いた世界、日本に帰ってきたのか?

 だがこの部屋は間違いなく転移前の俺の部屋だ。

 そうなのだとしたら、この一ヶ月の間に何があった?


 緊張で乾いた喉を潤すために靴を脱ぎ部屋に上がり、水道の蛇口を捻る。


「……さすがに水も出ないか」


 この停電が大規模なものであるのならば、マンションであるここの水道から水が出ないのは仕方のないことだった。

 一軒家などなら出たかもしれないが、そもそも出たとしてもその水をそのまま飲んでいいのかは疑問の残るところだが。


 異世界の常識で言えば、例えばゾンビが井戸に落ちたとしても、その井戸の水を飲んでゾンビ化するなんてことはない。

 何故ならゾンビに噛まれた者がゾンビになるのは、ゾンビが同族の生への嫉妬や渇望を呪いに込めて送り込み攻撃してきて、その結果呪いが全身に回るとゾンビ化するのであって、ゾンビが井戸に落ちたところで水がその呪いに侵される訳ではないからだ。

 正確には呪いの対象ではないからすぐに霧散すると言うわけなのだが。

 ただ普通に考えて汚い、というのはもちろんあるから、神官や司祭が浄化の魔法をかけてはいたが。


 しかし今外で見てきたゾンビがそれと同じとは限らない。

 全くの別物で細菌か何かのせいでそうなったものであれば、浄水施設でそれがなんの害もないものになっているかなど分かったものではなく、少なくとも念のため煮沸くらいはさせないとダメな気はする。

 まあ日本全国停電しているのならまず浄水施設自体が動いてないということにもなりそうだが。


「どう見ても向こうのゾンビと同じようには見えたけどな……」


 そもそも異世界と同じように、"状態異常無効"のスキルが効いているのであればそんな心配自体しなくても済むのだが。


 そう思いながら俺は蛇口を閉めた。


 そして俺はすでに外気と変わらない温度の冷蔵庫を開けて、やはり未開封の飲み物がないことを改めて確認してため息をつくのだった。

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