二十八話
あれからたっぷりと絞られてから、俺はユキの部屋を出た。
ただただ何も聞かないでくれと懇願し、異世界転移のことはなんとか話さずには済んだ。
パンデミック前の空白期間については、何か変なことしてたんですか、女関係ですか、犯罪的なことでもしてたんですか、など聞かれたが、絶対にそういうことではないと否定をしたら、納得は依然していないようだったが渋々引き下がってくれた。
異世界転移が何か変なこと、勇者パーティーの仲間達が女関係、向こうでやらかしてきた数々の殺生が犯罪的なこと、に該当しないかは人それぞれなところだがな。
パンデミックが起きてからどうしていたかは、メールなんて打てない状況だったと、作り話を交えて話した。
嘘をついていることに良心は痛んだが、しかしこればかりは仕方のないことと割り切るしかない。
勿論カエデのことも、食料調達の出先で偶然出会ったと脚色をして話をしてある。
幼い少女を一人置いて来たことを酷く叱られたが、俺の続く言葉でユキは納得してくれたようだった。
この場所が安全なものかどうか。
ユキから聞いた話では、この警察署も市役所も元々は指定避難所ではなかったらしい。
パンデミック発生後崩壊する指定避難所の情報を受けて、織田さんが中心となり新たに避難所としてネットで情報を流したのだそうだ。
食料調達はタイミングを見て外へと出かけているらしく、今のところ食料は平時のように十分とは言えないがそれでもちゃんと全員に行き渡っているとのことだった。
また懸念であった、女性が不当な扱いをされたりしていないかだが、それもないらしい。
避難民にはそれぞれに仕事が割り当てられていて、女性は建物内で比較的安全に過ごしているようだ。
反面、男の避難民は多少危険な仕事をしなくてはならない場合もあるが、食料調達の際に外に出るという本当にリスクのあることは警察官たちだけで行なっているという話だった。
警察官たちが怪我をしてしまうようなこともいまだに起きておらず、外への食料調達はなかなか上手い具合にやれているようだった。
また、ユキがここに避難してから今日まで目立ったトラブルもないらしい。
それならば、ここにカエデを連れて来ても問題は無いか。
俺のその言葉に、じゃあ先輩はまた外に出るつもりなんですね、とユキは何度目かのしわを眉間に寄せたが、こればかりは仕方ないとため息混じりに言ってくれた。
俺はそのまま居住区である3階から階段で下に降りると、近くに居る女性警察官に話しかけ、織田さんの居場所を聞いて案内された部屋へと来て居る。
コンコン
「どうぞー。」
少し気の抜けた返事が返って来て俺が部屋に入るとデスクの上で何やら地図を広げて作業をする織田さんが居た。
「柳木さんか、どうしたんだい?」
「相談と言うか何と言うか、があってな。いや、その前に一つ謝らせてほしいことがある。」
俺の言葉に疑問符を浮かべながら織田さんは立ち上がると、デスクの前にあったソファへと移動して、その対面へと俺を座らせた。
「俺はこの避難所が本当に安全かどうか見に来たんだ。いや、安全、と言うか、こう、なんて言えばいいか……」
言葉を詰まらす俺を、織田さんは黙って見つめて来た。
「……一人、別の場所に女の子を保護して居る。その子をここに連れて来ていいものか、大丈夫なものかと、悪く言えば、偵察に来たんだ。すまない。」
繕う言葉が思い浮かばず、ただありのままに言葉を放つ。
「ユキに聞いた。ここはしっかりとしたコミュニティだ。だから、その子を連れて来たい。勿論連れてくるのに手は借りない。もしそれで食い扶持が増えて困るなら、俺はここに居なくてもいい。」
織田さんは俺の話を黙って聞いて居た。
目を伏せて考え込むようにするのも束の間、すぐに顔を上げて口を開いた。
「そうか、雪ノ下さんが、ね。初期からいる避難民の彼女がそう言うなら、僕たちも頑張った甲斐があるってもんだよ。」
織田さんはそう言うと、何処か悲しそうな笑顔を俺に向けた。
何故そんな顔をするのかと疑問に思う。
ユキの話から、俺もこの避難所は良くやっていると思う。
結果論かもしれないが、しかし身内を未だ犠牲にすることもなく、また避難民も事実守られている。
「柳木さん。本当に僕たちが手を貸さなくてもいいのなら、その子を連れてくることに何の反対もしないよ。無事に連れて来られたら、ちゃんと責任を持って保護する。柳木さんもそのまま居てくれて構わない。でも……」
織田さんは、続く言葉を言いかけて、それを飲み込んだ。
「……いや。とにかく、そう言うことなら、明日丁度食料調達に出る予定なんだ。その時に柳木さんも一緒に外に出ればいい。どうかな?」
「そうさせて貰う。ありがとう、恩にきる。」
俺は織田さんのその提案に乗り、この後に行われる作戦会議に参加することとなった。
それにしても、織田さんは、何を言いかけたのだろうか。
相も変わらず何処か悲しげな瞳が俺の瞼に焼き付いて離れなかった。




