二十六話
「よく頑張ったな!」
ぐいと腕を引っ張られ俺が立ち上がると、男は肩をパンパンと叩いてきた。
俺と同じくらいの年代だろうか、すらりと背の高い、どこか優しそうな印象を受ける、そんな風貌の男だった。
「あ、あぁ……」
底抜けに明るく声を掛けてくる男に気圧され、少し間抜けな声を出しながら俺はヘルメットのバイザーをあげた。
周囲にも警官制服を着た人が何人かいて、敵意感知にほんの少しだけ反応があるが、これはおそらくただの警戒反応だろう。
「助かった、ありがとう。」
俺はヘルメットを脱ぎ、側に立つ男に礼を言う。
「ここが避難所だと聞いてな。」
「ネットの情報を見ていたんだね。無事で何よりだよ。」
男は、ぐっと俺の肩を力強く揉んで、笑顔を向けた。
気配感知で周囲を探れば、建物すべては感知できなかったが、それでも30人程の生存者の気配を感じることができた。
そのうちの何人が警察官なのかは分からないが、それでも大分と生き残りがいるように思える。
「ここの署長をしている、織田嗣巳だ。君の名前は?」
「柳木薊だ、よろしく。」
織田署長は顎に生えた無精髭を指で撫でると、ふむ、と俺の足元から顔まで視線をなぞった。
「さて、柳木さん、早速で悪いんだけど……」
「ん?」
署長がそう言って後ろの部下たちに目配せをすると、女性の警察官たちが部屋を出て行く。
同時に、周りの敵意感知の反応が若干上がった。
「衣服を脱いでくれないかな。」
真顔で自分と同い年くらいであろうおじさんに面と向かってそう言われて、俺は思わず吹き出した。
「柳木さん、冗談ではなくてだね……」
「いや……」
敵意感知を鋭く設定し過ぎただろうか。
余計な警戒心にまでも反応してしまって、これではかえって俺が無駄な警戒をしなくてはならないか。
「笑ってしまってすまない。そうだな、必要なことだ。思う存分調べてくれ。」
まだ滲み出る笑いをこらえながらも俺は謝罪して、素直に言われた通り服を脱ぐ。
要は、ゾンビに噛まれていないのかの確認をしたいと言うことだろう。
だから女性警察官だけ部屋から退室させたというわけだ。
「話が早くて助かるよ……柳木さん、随分といい体つきをしているね、何かやっていたのかい?」
パンツ一丁になった俺を調べる署長がそう言って俺の素肌の腕を触ってきて、またも俺は吹き出した。
確かに三年の異世界生活で俺の身体は絞られ大層筋肉質になってはいたが。
「あー……筋トレが趣味でね。それより撫でるのはやめてくれるとありがたいのだが。」
笑う俺につられて周囲の男性警察官達もくつくつと笑う。
当の署長は疑問顔だが、ともあれ俺の体のチェックは問題無く終わったようで、再び衣服を纏う。
「何も問題はなかったよ。柳木さん、改めてよろしくね。」
俺は署長にそう言われて差し出された手を握り返した。
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その後リュックの中を調べられ、ゾンビの髄液にまみれたバールを予備のものと共に俺は署長の部下達に預けた。
ここまでの対応から彼らは信頼に値するものであるように思えたし、そもそも、仮令万が一敵対して銃器を持ち出されたとしても今の俺が本気を出せば何も問題は無いと確信もしている。
部屋の中でそれぞれの男性警察官達と和やかに挨拶を交わしながら、部屋を出る。
「僕のことは、織田でいいよ。みんなに柳木さんのことを紹介しよう。」
織田さんと二人並んで廊下を歩けば、そこから覗ける部屋の中には警察官以外の一般人であろう人もいた。
皆顔色はよく見え、勿論以前のようにとはいかないだろうが、それでもそこそこ満足な生活を送れていると考えても良さそうだった。
「織田さん、ここには何人くらいの避難民がいるんだ……ですか?」
異世界生活でのぶっきらぼうな口調が長かったせいか、敬語がどうも使いづらい。
だが考えてみれば織田さんはおそらくここのトップであろう、ぎこちないながらも俺は言葉遣いを改めた。
「柳木さん、無理して敬語なんて使わなくてもいいよ。同い年くらいでしょ?ちなみに僕は35なんだけど、柳木さんは?」
「すまない、助かる。俺も35だよ。織田さんも好きに話してくれ。」
まあ俺の場合は、異世界での年齢加算がされない前提だが。
「おぉ、本当に同い年なんだね。そうだね、避難民だけなら20人くらいかな。市役所にも10人くらいいるはずだよ。」
市役所の方が少ないのか。
まあ確かにあの避難方法をするのであれば、少ないのはもっともな話しだが。
もしかしたら、最初に避難した人以外は向こうにはいないのかもしれない。
「あの避難方法、よく考えたな。」
ゾンビの性質を理解し、この建物の配置を上手く利用した見事な采配だ。
俺がそう言うと、織田さんは一瞬暗い顔を見せたが、しかしすぐに、
「……そうかい?出来ることを出来るだけやってみただけだよ。」
と空笑いを浮かべた。
「着いたよ、この3階が避難民の居住区だ。僕たちは基本的に2階と4階、それと屋上にいる。部屋は余っているから、好きに使っていいよ。」
階段を登り3階に着く。
気配感知では同フロアには10人程の気配が感じられる。
建物の広さからして、なるほど部屋が余るのは当然のことだろう。
と、突然そのうちの気配の一つが大きく動いた。
それはスピードを上げるとどんどんと近づいてくる。
そして俺が振り返ると、そのまま俺へと飛び込んできた。
どんっ、と激しく栗色のショートヘアの頭が俺の胸にぶつかる。
「先輩、生きてたんですかぁ……!?」
俺が教育係を務めた後輩、雪ノ下すみれがそこに居た。




