二十五話
早朝、市役所の近くのマンションの一室で俺は目を覚ました。
昨夜俺は一通りの作業を終えると、車屋に行き頑丈なSUV車を一台見繕いそれにガソリンを入れてホームセンターの近くまで試運転がてら移動しておいた。
ゾンビ共をある程度掃除したばかりなのも手伝い道中はなかなかに快適なものだった。
勿論何体か遠慮なく轢かせてもらったし、カエデを運ぶ時にはまた何処かから流れて来ているだろうからそこまで楽な道程ではなくなっているかもしれないが。
またその後、バイク屋へと移動して中型のバイクにガソリンを入れ動作を確認すると、それをアイテムボックスへとしまった。
アイテムボックスの空きは、車へと多少荷物を置いてくる事で作っておいた。
このバイクは、今回市役所へのファーストコンタクトのために使用する。
肌着で眠っていた俺はベッドから起き上がると、アイテムボックスから新しく衣服を取り出し着替える。
昨夜の大量のゾンビ相手の大立ち回りで、今まで着ていた服は流石に返り血でひどい事になってしまったからな。
勝手に侵入したこの鍵の開いていた一室に、着替えなどサイズが合えば勝手に拝借してしまおうかと思っていたがそれは叶わなかった。
何故なら部屋の中には女性のゾンビが一人いたし、調度品などをみても女性が住んでいたようだったからだ。
それならばせっかくだからとカエデに適当に何着か動きやすそうなものでも持って行くかとタンスを漁れば、女性もの下着がずらり。
……ひどい絵面だ。
こんなおっさんに勝手に部屋に侵入されて、下着を漁られたこの部屋の元住人には同情を禁じ得ない。
しかも肌着でベッドに潜り込まれるおまけ付きだ。
まあおそらくこの部屋にいたゾンビが元住人なのであろうが、彼女には謝罪の念を送ろう、こんな世の中だ、大目に見て欲しい。
俺はライダージャケットを着込みリュックを背負うと、フルフェイスのヘルメットをかぶりマンションの一室を出る。
これらはバイク屋から調達したものだ。
念のため、このマンションに着いた時に軽く歩き回って気配感知で生存者がいるか確認はして見たのだが、残念ながら俺の住んでいたマンションと同様、部屋の中にゾンビはいたが生存者は発見できなかった。
防火扉の閉められたマンションの非常階段を降りて、駐車場へと向かう。
何体か残っているゾンビが襲いかかってくるが、振り向くこともせずバールでなぎ払った。
親指にはめた指輪に魔力を通し、開いた次元の穴に腕を突っ込む。
そのまま手を引くと、固い駐車場のアスファルトの上にどすん、とバイクが現れた。
「……しかし、ロベリアは本当天才だな。」
この小さな次元の穴からなんでこの大きな物体が出し入れできるのか。
主に時空魔法と錬金術の応用だとか、俺にはサッパリ意味のわからない事を延々と聞かされたが、ともあれこのアイテムボックスという代物は選ばれた少数がスキルで手にするものであって、こうしてアイテムで使えるものではない。
もっとも、ロベリアが作ったのはこれ一つきりだったらしいが。
それを可能にしてしまったロベリアを思い出しながら、俺はバイクに跨りエンジンをかける。
比較的静かな2気筒のバイクを選んだのだが、これならさほど音も響くまい。
バイクで生存者に接触をしようと思った主な理由は、フルフェイスのメットをかぶるためだ。
あの場所にいる生存者達が危険な者達であるかもしれない、という可能性を考慮するならば、接触するまではなるべくなら顔を見せないままの方が都合がいいだろうと考えたのだ。
下手をすればもう一つの建物は警察署だ、そのまま撃たれたりする可能性だってゼロではない。
状況から、あの中にいるのはおそらくは警察官等で、そんなことにはならないだろうと希望にも似た思いもあるのだが。
勿論このご時世だから通常装備としてフルフェイスヘルメットをかぶっていてもおかしくはないだろうが、バイクにまたがっていれば自然で威圧感も多少は薄れるだろうし、またバイクの方が小回りがきくから"何かあった"場合にはそのまま自然に逃げることも容易いだろうからな。
少し考え過ぎかもしれないが、それくらいでも丁度いいだろう。
俺は片手でハンドルとの間にバールを持ちながら駐車場を出る。
昨夜ここらのゾンビも間引いたおかげで、道には大して残ってはいない。
市役所周りは相変わらず見張りがいたためにそれは叶わなかったが、多少離れた場所でのゾンビとの戦闘音で少しは散ってくれているはずだ、と思いたい。
進行方向にまばらに現れるゾンビを避けながら市役所方面へと向かう。
目の前に見える交差点を曲がればあとは直線だ。
と、頭上の信号機を抜けたところで、視線感知に反応があった。
方向的に市役所からだろう。
目を凝らせばその屋上に双眼鏡を持った見張りの姿が見えた。
夜中にも見張りが立っていたんだ、当然日が昇ってからでもそうしているだろう、期待通りの結果だ。
あとはどう対応してくれるかだが。
俺はアクセルを噴かすと、スピードを上げ一直線にバイクを走らせる。
進行方向道路上、市役所の駐車場に見えるゾンビの数は共に多くはなく、そこまで不自然な立ち回りを強いられることもあるまい。
俺はあくまで避難所に助けを求めにきた避難民の立場だからな。
市役所前に辿り着くと、見ればそのロビー入り口の日よけ屋根の上に俺より少し年上くらいであろう人の良さそうなおじさんが、二階の窓から降りてきていた。
警察署の方向を指差して何やら叫んでいる。
「避難民か!?あっちの警察署の梯子を登れ!」
当然といえばいいのかどうか、周辺のゾンビ共はその声と姿につられて日よけ屋根の下に群がり、必死に空へと手を伸ばしていた。
指差された方向へと目を向ければ、警察署の二階の窓が開けられ、そこから縄梯子が下げられている。
成る程、考えたな。
ゾンビの習性として、まず音や光に反応すると言うものがあるが、それよりも反応を示すのが人の声。
そして一番に反応をするのは人の姿だ。
特に最後の人の姿に対する反応は強烈で、一度視認したらなかなかに執念深く追ってくる。
逆に姿を見られさえしなければ、声を聞かれてもそこまで執着はしない。
カエデは母親であったものに何度も話しかけていたようだったが、閉じ込めていた部屋のドアを破られず無事だったのはそのためだと思われる。
またゾンビは知能が無いから回り道をするという頭が働かない。
あのおじさんが再び窓から建物内に戻っても基本的には直線でそれを追おうとするから、中に入られ防火扉やバリケードに群がられそれを破られるということにもならないだろう。
すぐそばに上へ行く手段があれば多少話は変わるが、あの状況であれば今のように窓に向かって手を差し伸べるのが精一杯というところか。
もっとも、単純に市役所前にゾンビが一度大量に群がってしまうのは多少心配ではあるがな。
ともあれ、その性質を利用しゾンビの注目を市役所ロビー入り口に集め、その隙に警察署側に避難させると言う魂胆なのだろう。
勿論ゾンビは梯子を登ったりは出来ないから、非常に理にかなっている。
俺は警察署の側に荒々しくバイクを止めると、襲い掛かってきたゾンビの頭にバールを振り下ろし梯子を手に掴む。
少し登ったところで、上から声を掛けられた。
「もう少しだ、頑張れ!」
警察署側から声を掛けられたのは、この瞬間が初めてだった。
ゾンビを市役所側に誘っているから、避難民である俺がゾンビの手の届かない位置に来るまでは声を出さないでいたのだろう。
……徹底している。
そこまでゾンビの性質を理解し、計算しているとは。
「掴まれ!」
梯子を登り終えようとした時、窓から腕を掴まれ引っ張り上げられた。
どさりと、半ば抱えられながら床へと身体を着く。
「大丈夫か?怪我はないか?」
言われて上を見れば、同い年くらいだろうか、警察制服に身を包み無精髭を生やした男の姿があった。
 




