二十四話
背後、暗闇から襲い来るゾンビの頭を振り向きざま俺はバールをその頭に食い込ませた。
それを素早く引き抜くとゆっくりと道路上に倒れようとするゾンビの身体を勢いよく蹴飛ばして、歩道へとその亡骸を放った。
バールは元が頑丈なためか、形状もバットよりかは鋭いからか、それとも魔力の浸透もそこまで悪くないのか。
金属バットとは違いゾンビの頭程度"斬る"ことも可能ではあったが、今はそれを敢えて行ってはいない。
少なくとも市役所や警察署に生存者がいて、彼らが外に出ていると思われる現状、街の中にスッパリと頭を切断されたゾンビが溢れていては無駄な疑心を抱かれると思ってのことだ。
もっとも、今しているこの作業から生まれるであろう結果をもし冷静な目で見られたのならば、ゾンビの頭が真っ二つになっていることなど些細な問題であるかもしれないが。
カエデが体調を崩してから、俺は数日の間ホームセンターから出ずに過ごしていた。
もう少し一緒にいてくれませんか、と申し訳無さそうに言うカエデの言葉に絆されて多少行動が遅れたのだが、丁度カエデの体調が戻るとともにこうして一人外へ出てきたと言うわけだ。
カエデを市役所に運ぶ方法だが、素直に車を使う事にした。
とは言っても問題は二つばかりあり、まず一つはあそこにいる生存者達がそもそも俺達を受け入れてくれるかどうかだ。
もっとも、俺自身は受け入れてもらえなくともカエデさえ預けられれば構わないのだが。
そして受け入れてくれた場合、あの場所がカエデにとって安全かどうか。
死んでしまったカエデの父親の残した、生き延びてくれと言うその言葉。
それを実現出来るような場所でなければならないだろう。
また、ただ生きるだけでは無く、カエデが不当に扱われないと言うのも条件だ。
こんな世の中だ、必ずしも人は今迄のようにはいられないかもしれない。
いつかあのホームセンターにそのように壊れてしまった人が来るかもしれない未来もある。
食料をいくら潤沢に用意しようが、そう言う意味でもホームセンターにカエデをそのまま居させると言う訳にはいかないと思われた。
取り敢えずは、それを見極めるために俺一人であの中の様子を見て来る必要がある。
そして二つ目の問題だがこれは非常にシンプルな問題で、車で運ぶにあたり、ホームセンターから市役所までの道中、パニックそのままに乱雑に放置された車が非常に邪魔なのだ。
道を選べば通れなくもないのだが、生憎と路上を歩くゾンビ共もいるしで、それならばいっそ運びやすいように多少ゾンビ共の数減らしついでに道を塞ぐ車を寄せてしまおうと考えた訳だった。
不自然にならないように、と言うのは無理な話だが、邪魔な車を退けて通れる道を作っていく。
勿論、人力だ。
車を放り投げるのは流石に音がまずいだろうし、何かの拍子にガソリンが漏れたりで爆発でもしたらこれまた厄介だろうと、なるべく静かに移動させる。
酷く面倒で地道な作業だ。
市役所の方を調べてからでもいいのだが、このまま日が昇ったら接触をしようと思っていた。
ホームセンターを出るときに、もしかしたら数日留守にするかもしれないとカエデには伝えてあるし、食料も下の階から追加で運んで置いたから、もしも市役所で多少過ごすことになったとしても問題はあるまい。
今にも泣きそうな顔でじっと見つめられたのを、俺の用事だと言って無理矢理出てきたものだから、帰りが遅くなった場合多少心が痛むが。
ともあれ、それならばこの作業は深夜の移動中についでとばかりにやってしまおうという考えに至った訳だ。
今夜は月も雲に隠れて本当に真っ暗闇と言うに相応しい夜で、この作業をするには非常に好都合だった。
「……邪魔するな。」
車を持ち上げ歩道に寄せている最中、横合いからゾンビの手が迫る。
俺はその状態のまま腹に蹴りを放つと、ゾンビは殆ど水平に吹き飛んでその方向にいた多数のゾンビ共を巻き込んでいく。
勿論脳みそを破壊したわけではないから、それらはまた立ち上がりこちらに向かってくる。
気配感知で気付いてはいたが、しかし随分と囲まれているな。
俺は車を降ろすと、腰のベルトの間に差していたバールを手に取り魔力を通した。
「面倒だが、一旦綺麗に片付けるか……ほら、さっさと来いよ。」
自分の周囲360度を物言わぬ亡者に囲まれて、俺はため息をつくのだった。




