二十三話
四時間ほどさらに寝てから、カエデは目を覚ました。
「……起きたか。」
「よかった。居てくれたんですね。」
ソファに座る俺を見てカエデはそう口にする。
俺はそんなカエデに近寄るとその額に手を当てた。
ん、とカエデは目を閉じて大人しくされるがままだ。
「まだ熱はあるか。軽く何か食べよう。欲しいものがあれば取っても来る。」
「あ……お茶漬け……」
カエデの返答に俺は思わず吹き出す。
そう言えばそんなことを言っていたな。
お茶漬けならば、消化にも悪くはないだろう。
「なんで笑ってるんですか……あ、私、作りますね。」
「横になってろ。それくらいやる。」
起き上がろうとするカエデを制し、俺はキャンプケトルに水を入れ、カセットコンロに火をつけた。
「ありがとうございます……あっ!て言うか、取りに行くってなんですか!」
先ほどの俺の言葉を思い出したのか、むぅ、とカエデは俺を睨む。
「少し探したんだが、やっぱり風邪薬の類が置いていなくてな。ついでに取ってこようかと思って。」
「ダメですよ!そんな危ないことして欲しくないです……」
俺が何気なく言うと、カエデは必死の形相でそれを止めてきた。
「もうだいぶ調子もいいですよ?きっと、安心してちょっと気が抜けて、疲れが出ちゃっただけなんですよ……」
まだ熱のある自身の体調の悪さをただ疲れのせいだと言い張るカエデ。
そこまでしてでも、俺を外に出させたく無いのか。
食料は最初に持ってきたものと今朝持ってきたのも合わせてこの場にかなり潤沢にある状況で、たとえもしここで俺が居なくなりカエデがまた一人残されたとしてもかなり長い間生き延びられるだろう。
ただ単にその孤独が耐えられないのかも知れないが、しかし昨夜出掛けた際にはここまで必死に引き止めたりはしなかった。
一晩で何か心境の変化でもあったのだろうか。
「昨日みたいに、アザミさんの用事で外に出るのは、仕方ない、ですけど……私のことで、危ないことはして欲しくない、です。」
途切れ途切れに言葉を紡ぐカエデ。
「本当は、どっちも嫌、ですけど……」
成る程な。
つまりは、俺への気遣いからの言葉なのだろう。
それと同時に、自分のせいで何かあった場合、あまりに重い責任のようなものがのしかかって耐えられないと言うことでもあるだろう。
父との別れの経験から、カエデにとってはまた同じ轍を踏むようなことがあってはならないと言う想いが伺えた。
気持ちは分からないでもない。
だが、そもそもが今のこの状況は俺が作ったことだ。
俺にとっては食料を調達してくるなど造作もないことで、そこに苦労など微塵もないから俺自身それに何か不満などあるわけではない。
だがカエデの立場から見れば、俺は危険なことをして食料を持ってきてその分け前を貰っている。
自身が生き延びるためには、その危険は避けては通れないもののはずなのだ。
であるならばそのカエデの想いは多少的が外れているのではないかとも思う。
「アザミさん……?」
思案し返答をしない俺にカエデが小さな声で呼びかける。
不安げな顔で縋るように言葉を続けた。
「すみません、私何か怒らせてしまいましたか……?」
「いや……」
勿論助けると決めたのは俺だし、カエデに遠慮するなと言ったのも俺だ。
またカエデはその対価に何でもすると言ってもいた。
……考え過ぎだな。
この子のことだ、ただ純粋に真っ直ぐに、俺の身を案じただけのことだろう。
何も理由をつけて、その想いを踏みにじることもない。
助けると決めたのなら、それでいいじゃないか。
キャンプケトルからほのかに湯気が上る。
お茶漬けで食べるだけだ、多少温まれば十分だろうと俺はコンロの火を落とした。
「……すまん。少し考え事をしていた。外へは、そうだな、俺の用事でだけ出ることにしよう。」
言って、土鍋に残る米をそれぞれの器によそい、お茶漬けの素を振りかけ湯を注ぐ。
ふわりとお茶のいい香りが鼻腔をくすぐった。
「出来たぞ、食べよう。」
俺がそう呼びかけると、カエデは身体を起こしベッドから降りた。
俺はそれを見てカエデの側に移動する。
「ふふ、大丈夫ですよ、ちゃんと歩けます……アザミさんは、やっぱり優しいです。」
カエデはなんだか少し悲しそうな顔をして笑った。
新しく家具売り場から持ってきていた小さなテーブルを俺とカエデは囲む。
二つ置かれたステンレス製の器から、白い湯気が揺蕩っていた。
「熱いから気をつけて食べろよ。」
「はい、ありがとうございます。」
カエデはそう返事をすると、俺がお茶漬けを口に入れるのを待ってから、目を瞑り、いただきます、と小さく言って箸をつけた。
「お茶漬け……美味しいですね。」
少し熱いお茶漬けを、ふぅふぅ、と冷まして慎重に口に入れると、カエデはにこりと俺に笑顔を向けた。




