二十話
俺は一足先にご飯を食べ終えて、ぐすぐすと泣きながら食事をするカエデに目をやった。
「うぅ、おいひぃです……」
この10分かそこらで、同じ台詞を何度聞いたことか。
ただサバ缶をおかずに米を食べているだけなのだが、久しぶりのまともな食事は大層なご馳走だったと言うことだろう。
俺も3年ぶりのこちらの世界の食事には大満足だったけどな。
「わかったから、喋るか泣くか食べるかどれかにしろ。」
「ひっく、ご、ごめんなひゃ……うっ!」
いい加減呆れ顔で話しかけると、カエデは喉に米を詰まらせたのか、どんどんと自分の胸を叩き出した。
慌ててそばに置いてあった水のペットボトルの蓋をあけ差し出す。
ごくりごくりと勢いよくそれに口をつけると、カエデはふぅと人心地ついてからまたも俺に謝罪をするのだった。
「ごめんなさい、新しいペットボトル、あけちゃって……」
「下にいくらでもある、気にせず好きなだけ飲めばいいさ。」
随分と子供らしいカエデの一面を見て、苦笑する。
経験はないが、自分に子供でもいたらこんな感じなのだろうか。
「ごちそうさまでした。」
やがて食べ終えると、お箸をステンレスの容器の上にかたりと揃えて置いて、手を合わせて目を瞑りカエデは噛みしめるように言った。
「少し残っちゃいましたね。炊きすぎてしまいました……」
「また後で食べれば良いさ。昼はこれで食べるか。」
壁際のデスクに寄せていた荷物の中身から、袋を手に取って見せる。
「お茶漬け!いいですね!」
赤く泣き腫らした目を擦り、カエデは満面の笑みを浮かべた。
カエデはまだまだ幼い年頃、こんなに辛い目にあった中、そんな笑顔ができるのは強いからなのだろうか。
それともそんな出来事を必死で忘れようとしているのか。
その笑顔がいつか心からの笑顔になる時が来ればいいなと思う。
「さて、ずっと起きてたんだろう。栄養剤飲んでもう寝ろ。」
「……アザミさんも、もう寝ますか?どこかへ行ったりしませんか?」
「……そうだな、俺も今日はもう休む。」
カエデの不安そうな眼差しに、俺はそれを少しでも取り除ければと慣れない微笑をして答えた。
こんな世の中になって、孤独で辛かったのだろう。
であるならば、やはり人との繋がりを作ったほうがいいと思った。
なんとかあの市役所や警察署までカエデを届けよう。
勿論カエデを背負って走れば簡単に出来ることなのだが、流石にそれは悪目立ちが過ぎる。
何か方法を考えなくては。
+++++
一人男子更衣室へと入り、床に寝そべった。
年頃の女の子と同じ部屋で寝なくてもいいだろうと俺が提案したのだった。
カエデは、構いませんよ、とは言ってはいたのだが。
天井を見上げ考える。
異世界から戻って来てから初めてのゆっくりとした時間。
それにしても、まさかこちらの世界がこんなことになっていようとは。
カエデの話していた例の動画、おそらく後輩からのメールにあったアドレスもそれを指したものだろう。
ハッカーが云々の、ネットでの話も事実ならば、この騒動の原因はそれで間違いはあるまい。
しかし、その動画が流れてからたった数日でカエデの言うパニックが起きたというのは、いささか展開が早すぎやしないだろうか?
というのも、カエデの話ではここに逃げ込んでから数日のうちに世界各国で同様の現象が起きていたと言う話だ。
俺にとって、と言うか向こうの異世界人なら誰もが持つ感想であろうが、たかだかゾンビ程度の伝播がそんなにも早く世界中に広まるものだろうか、という疑問が浮かぶ。
確かにこちらには飛行機など高速で大勢の人を運ぶ乗り物があるが、そこに怪我をして呪いを受けたゾンビ化する前の人が乗っていたとしても、それが巡り巡って世界中に広がるなんてことがあるのだろうか?
勿論考えても答えの出ないことなのだが、不可解な部分が多く、どうにも気持ちが悪い。
目を瞑りそんなことを考えていると、気配感知に反応があった。
スタッフルームにいるカエデの気配に動きがあり、どうやら部屋を出たようだった。
コンコン
男子更衣室のドアの前にしばらく居たようだったが、ややあって、そのドアをノックする音が聞こえた。
「アザミさん、起きていますか?」
カエデの呼びかけに立ち上がり、部屋のドアを開ける。
返事もせずにドアを開けたからか、一瞬びくりとして、カエデはふくれっ面をして見せる。
「返事くらいしてくださいよ……あっ!て言うか、不用心ですよ!」
つい先ほどのやりとりの意趣返しのつもりなのか、カエデは思い出したように言った。
「俺はいいんだ。」
「なんですか、それ……」
むぅ、とカエデは不満げに口をとがらせた。
気配感知で分かっているのだから事実俺は不用心では無いのだが、それを説明出来るわけもなく、素直に謝罪することにする。
「すまんすまん。それで、何かあったか?」
「別にいいんですけど……えっと、やっぱり同じ部屋で寝ちゃダメですか?」
見れば、カエデは毛布を抱えていた。
少し恥ずかしそうに顔を赤らめると、俺に尋ねてくる。
「あー、そうだな……わかった。」
そこまで言うのなら仕方がないだろう。
別にこんな世の中じゃなきゃ強く言い聞かせるところだが。
それだけ、今は一人が怖いのだろう。
「やった!」
こんなおっさんと同じ部屋で寝られることを心から喜んでいる少女の姿がそこにはあって、俺は苦笑するしかないのであった。




