十九話
コンコン
「カエデ、起きてい……」
ガチャリ、と俺がノックをしてから呼びかける間も無く、勢いよくドアが開かれた。
気配感知でドアの側にいたのはわかって居たのだが、これにはさすがの俺も驚いてびくりと体を震わせた。
「アザミさん、無事だったんですね!」
「あ、あぁ。というか不用心だ、いきなりドアを開けるな……」
呆れながらため息をついて俺が言うと、カエデは泣きそうな顔をしながら、バツが悪そうに照れ笑いをして言った。
「あっ、ご、ごめんなさい。次から、気をつけます……」
てっきりドアの側で座り込んで寝てしまっているのかと思ったが、この反応の速さからしてどうやら起きて居たようだった。
あの後俺は他の生存者を探すついでに"ショッピング"をしながらここに戻り、時刻は午前4時。
結局市役所と警察署以外で生存者を見つけることはできなかったが、目当てのものはいくつか手に入れることはできた。
また立ち寄った店内の品物が随分と減っていることから、おそらくは他にも生存者が何処かに生き延びているのではないかと言う予測もできた。
俺はテーブルの上に戦利品をリュックから取り出し並べながら、カエデに尋ねた。
「寝てなかったのか?」
「そんな、眠れるわけないじゃないですか……」
「ん?何でだ?」
「なんでって……心配しますよ……」
段々と声を小さくしてカエデが言う。
このまま俺が戻らずまた先の見えない孤独になることを恐れたのか、それとも単に俺の身を案じてくれたのか。
この子のことだろう、きっと後者ではないかと思いながら俺は自然と傍に立つカエデの頭に手を乗せていた。
「大丈夫だと言ったろう。だけど、ありがとうな。」
言って、ハッとなり慌ててカエデの頭から手を離した。
異世界ではイーリスの頭をよく撫でていたものだった。
ハーフエルフだからか出会った時から見た目もずっと変わらず幼いままだったからな。
別れ際に言った通り、まさに子供扱いしていたと言うわけだ。
そのことでふくれっ面をしたからじゃあ今度からやめると言ったら、やめないでくださいと不思議なことを言われたもんだ。
いかんな、随分とカエデとイーリスを重ねてしまっている自分がいた。
綺麗な真っ直ぐの長い髪をして、背丈も丁度同じくらい、だけど髪の色も瞳も色も、顔のつくりだって違う、なんとなく雰囲気が似ているだけなのに。
「すまん、軽率だった。知り合いの子に似ててな。」
「……?」
特に気にもしていないのか、カエデは疑問の視線をその瞳を潤ませ送ってくる。
まあ、取り敢えずそれならば問題はないのだが。
「それよりもアザミさん、本当に怪我はないんですか?」
「ん?あぁ、心配なら脱いで見せてもいいが。」
断りもなく頭を撫でるに引き続きナチュラルにセクハラをかます俺だったが、しかしこちらは実際ゾンビ化するのを恐れているのならば素肌を見せねばなるまい。
「だ、大丈夫です!無事なら!あっ、アザミさん、何を持ってきたんですか?」
俺の返事にカエデは顔を赤くしてわたわたと目の前で手を振ると、それを誤魔化すようにテーブルに広げられた品物に目をやって尋ねてくる。
「ろくなものを食べていなかったろう。この店には置いてなかったから、途中のドラッグストアで栄養剤を持ってきた。後は適当に食料をな。」
元々アイテムボックスには入れてはあったが、追加でリュックに缶詰や米、それを炊く土鍋とカセットコンロ等を入れて持って来ていた。
と、遠慮がちに、くぅ、という音がカエデのお腹から鳴る。
顔を真っ赤にし股の下でモジモジと手を組んでバツが悪そうに俯くカエデ。
「すみません……」
「飯にするか。米でも炊いて、缶詰と食べるか。」
「あっ、じゃあ私、やりますよ!」
「そうか?あいにく土鍋で米を炊いたことなんてないから助かる。」
「何回かやったことがあるので、任せてください!」
苦笑してそう提案する俺に、パッと明るく顔を上げて、カエデが満面の笑みを俺に向ける。
異世界では仲間が作ってくれたり、仲間の大容量のアイテムボックスに出来合いのものが入っていたりで、料理なんてもんはしなかったしな。
そもそも、おそらく調味料の種類の少なさのせいなのだろうが、向こうの世界の料理はこちらの料理と違って舌が合わなかった。
3年もいたら慣れたがな。
そう言えば、俺も異世界から帰還してすぐ腹が減ったと思ったのに結局何も食べていなかった。
ホームセンターで食料を手に入れたと思ったらカエデと出会って、話を聞いたりで食べるタイミングがなかったからな。
まあこの空腹を忘れてしまう感覚も、また異世界での経験からくる慣れなのだが。
カエデは土鍋に米と水を入れて、カセットコンロの火をつける。
蓋をしてその上にサバの缶詰を二つ乗せると、ひと心地ついた。
「多分大丈夫だと思いますけど、上手くできなかったらすみません……」
聞けばあの後携帯食料には手をつけていなかったらしく、なぜかと聞いたら、もし俺が戻ってこなかったらと考えたら怖くて消費出来なかったらしい。
ここまで節約に節約を重ねて生き延びてきたんだものな、その気持ちは分からなくもない。
「これからは心配しなくていい。」
俺が一言そう言うと、ぐっと涙を堪えたような顔をして、ありがとうございます、とカエデもまた一言俺に返した。
多くは沈黙が支配したが、ぽつりぽつりとぎこちないながらも俺とカエデは会話を重ねる。
ふと壁に掛けられた時計を見て、カエデが上に乗せられた缶詰を寄せて土鍋の蓋をあけた。
ふわりと炊きたての米のいい香りが漂って、カエデがごくりと大きく喉を鳴らした。
「良かった、上手く出来たかも……た、食べましょう、アザミさん!」
気持ちはわかるが、なんだか随分と興奮を隠せない様子のカエデを見て俺は微笑むと、キャンプセットのステンレス容器にスプーンでご飯をよそい、これまたステンレス製の箸とともにカエデに手渡す。
パカリとイージーオープンの缶詰を開けると、鍋蓋の上で温められたサバ味噌の香りが食欲をそそった。
その缶詰も差し出されたカエデはまだそれらに手をつけない。
「先に食べてもいいんだぞ。」
俺の準備が整うのを待っているのだろう、律儀な事だ。
「ダメです、一緒に食べましょう!」
今にもヨダレを垂らしそうなほど熱い視線を目の前のご飯に浴びせながらもカエデは小さく叫ぶ。
それを見てはさすがの俺もなんだか悪いことをしているような気になって、手早く自分の米と缶詰の用意をする。
「じゃあ、食べるか。いただきます。」
「い、いただきます!あの、ほ、本当に食べてもいいんですか?」
カエデが俺へと視線を投げかける。
あぁ、と一言俺は返事をして、ご飯を口に入れた。
程よく炊けた米の甘みが口の中に広がる。
異世界に米はなかったからな、3年ぶりのその味は大層心に沁みた。
「……美味い。」
俺が感慨深くそう言うと、よかった、とカエデは俺に笑顔を向ける。
「じゃあ私も、いただきます……」
カエデは箸を震わせながらご飯をその小さな口に入れた。
ゆっくりと咀嚼したのち、何度か涙を我慢していた様子のカエデはついに号泣するのだった。




