十八話
市役所は広い駐車場を正面に構え、その隣に警察署が併設されている。
俺は付近の建物の中からその様子を窺っていた。
目に魔力を込めて視線を凝らす。
「……双眼鏡でもアイテムボックスに入れておくんだったか。」
必要ないかとたかをくくってしまったが、後でカエデのいるホームセンターで調達して置くとしよう。
最悪俺は使わなくても魔力での身体強化があるから大丈夫だとは思うが、いつか使う時もあるかもしれない。
まず市役所の方を見れば、その正面ロビーはガラス張りで、とてもゾンビの襲撃に耐えられるようなものではなさそうだった。
事実ガラス戸は破られていて、ロビー内にはゾンビの姿が見える。
だが屋上には、おそらく先ほどの視線は方向的にここから感じたのだろう、見張りなのか双眼鏡を持った人の姿が見えた。
「階段を防火扉かバリケードで塞いで生きながらえたか……」
屋上は特に慌ただしい様子もないように見え、先程の俺の姿をしっかりと見られて居るということもなさそうだった。
やはりこの闇夜の中では、その心配は杞憂だったか。
警察署の方に目を向けると、入り口をバリケードで塞いで一階の窓は裏側から補強してある。
またその屋上にも、注意深く外の様子を見る人の姿が窺えた。
警察署の方にも、どうやら生き残りがいるようだ。
こちらは建物全体が安全な状態なのかもしれない。
しかし、あれらの建物内にはどれほどの生存者がいるのか。
残念ながらここからでは気配感知の範囲外で、それを知ることは出来ない。
後輩は無事なのだろうか。
家の場所がどこかは分からないが、たとえこの近くに住んでいたとしてもここまで来るのは普通の人間にはかなり困難に思える。
また無事にここまで辿り着いたとしても、市役所前は見晴らしがいいし、ロビーまでは広い駐車場のスペースでゾンビにも見つかりやすく囲まれやすい。
避難しているなら警察署の方だろうか?
しかし何にせよあの状況では、上手く中に入れたかは疑問が残る。
市役所のロビーの荒れようも警察署の入り口のバリケードも、パンデミックが始まってすぐのものであると推測できるからだ。
建物の中に避難しようにも、どういった方法を取ればいいのか。
ただひとつ希望が持てるのは、この近辺の地面には俺の倒したものではないゾンビの死体が多数あるということだ。
特に市役所と警察署の周りに多く、また少数だが銃痕もあったりしたことから、おそらくはこの中にいる生存者は外へと何度か出ているのではないかと思われた。
そうであるならば、何かしらの手段で後輩が救われた可能性も否定は出来ない。
仮定に仮定を重ねた話だが、そこに僅かな望みでもあれば期待くらいはしてもバチは当たらないだろう。
教育係をつとめて以降なんだかウザいくらいにやたらと懐いてきていた後輩だ、生き残っていて欲しい。
しばらくその二つの建物を見ていたが特に動きは無く、ふとホームセンターから持ってきた腕時計に目をやると、すでに2時になろうかとしていた。
それぞれの避難所での捜索で、随分と時間を費やしてしまっていたらしい。
取り敢えず生存者が居てこの避難所が機能しているであろうことはわかった。
勢いで出てきてしまってどうコンタクトを取るかまで考えてはいなかったが、これはまた検討するとしよう。
もしここが本当に安全な避難所であるならば、カエデを受け入れて貰ってそこで俺の役目は終わり、ということもあるかもしれない。
今日のところはこれで帰るとするか。




