百八十三話
開け放たれていた扉を潜り抜け、シェルター内部に侵入した俺は、探索を開始した。
予想通りと言えばいいのか、内部には生きている人間の気配は感じられなかった。
そして現れるものといえば、グールのみ。
部屋や通路にはそこかしこに血の跡が残っていて、いつぞや見た、カエデの通うはずだった学校や、デパートに迎えに来るはずだった部隊のいた駐屯地のように、アウトブレイクでも起こったのかと想像させた。
しかし内部の様子を見れば、そんな単純なものではないのでは、という考えが浮かんでくる。
まず、グールの数自体はそれほど多くもないということ。
これから想像するに、やはりここへ避難したのは一般人は含まれず、要人やその家族だけだったのではないかと思われる。
また、生前は自衛隊上層部やその部下だったであろうグールも比率で言えば相当数いること。
シェルターの内部は思ったよりも広く、それらの人が密集していたということもなさそうだということ。
これらの状況を加味すれば、たとえ誰かが死んでゾンビ化したところで、自衛官がその連鎖を止められたはずだろう。
"あのじいさんの道場"でそれが起きた時も、止められたくらいだからな。
では、何故こんな全滅するような事態になったのか。
自衛官の誰かが暴走し、銃を乱射して死体が一気に出来上がった、なんてことがあればこうなることも可能だろうが、それはさすがに無理があるだろう。
ならば考えられることは何かといえば。
頭に浮かんだのは、最初からグールが現れ、またそれで死んだやつもグールになっていた、という最悪の展開だった。
ゾンビならばまだ対処も容易だろうが、グールはさすがに手に余る。
ましてそれが連鎖的に増えていくのならば、こんな密閉した空間では、普通の人間では対処は不可能だろう。
これまでの数ヶ月の経験からしてあり得ないような話ではあるが、しかし実際、今のこのグールしか現れていないという状況を鑑みるに、それは十分に考えられる話だ。
そんなことを思考しながら探索を続けるうちに、グールを倒し続けているにも関わらず、"危険察知"アラートがいつまでも鳴り止まない、むしろやや強くなっていることに疑問を抱く。
アラートに導かれるように辿り着いた先は、シェルターの最奥。
部屋の中にグールの群れでもいるのかと多少身構えたが、気配感知では数匹のアンデッドがいるだけだ。
鍵のかかっていない扉を開ければ、グールがぎょろりと視線をこちらに向ける。
すぐさまやつらは襲いかかってくるが、俺はそちらに視線をくれてやることもなくその頭を粉砕した。
俺の視線は、扉を開けてすぐ、ただ一点に向けられていたのだ。
「こいつは……」
思わず口から言葉が漏れた。
……俺は、それと似たようなものを、何度か見たことがある。
先ほど頭をよぎった、ロベリアの話には続きがある。
ダンジョンの奥で発生した魔力溜まり。
それがより濃くなると、それは実体を伴った物質へと変化する。
正確には、それが出来てから初めてその場所がダンジョンと呼ばれるようなものになるらしいが。
ともあれ。
それは、ダンジョンを"ダンジョンたらしめている"、と言われる魔力の結晶体。
ダンジョン・コア。
俺の視界に入ったものは、それと似通った様相を呈していた。
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テーブルの上に無造作に置かれたそれは、怪しい光を携えて、ただそこにあるだけで異様な雰囲気を醸し出していた。
「……」
考えなければならないことが、いくつかある。
まず一つ大前提として、これが何かということ。
本当にダンジョン・コアであるのか、それとも実はそれに似通った他のものであるのか。
これが単なるオブジェの類であるならばそれに越したことはないが、しかしそれならそれで、随分と悪趣味な奴もいたものだ。
まあ……俺の危険感知のスキルは確かにこいつを危険なものだと判断しているから、その線はないだろうが。
しかし例えばの話だが、この形をした爆弾である、という可能性はなくはない。
俺には魔力を感知することができないから、これがロベリアの言っていた魔力溜まりの結晶化によるものなのかは判断がつかないからだ。
とはいえ、状況的に考えれば。
こいつがダンジョン・コアや、それに準ずるようなものである可能性は高いように思う。
何故なら高い魔力濃度を持ったそれは、ゾンビをグールに変貌させることができるからだ。
ゾンビが"経験値"を得られないこの状況下では、それによる進化がまず頭に思い浮かぶ。
いや、むしろ。
この物体が最初からここにあったのだとしたら、"人間をグールへと変貌させた"可能性すらあるのかもしれない。
それならば、このシェルターに避難した人間が全滅していることにも、ここに来てからグールしか現れなかった、という現象にも合点がいく。
二つ目は何故ここにこれがあるのか、ということ。
そして三つ目は、こいつの処遇だ。
この残り二つの問題については駐屯地に持ち帰り、自衛隊らと協議するのが良いように思う。
感情的には取り敢えずぶち壊してやりたい気分ではあるが、そうもいくまい。
それに正体が分からないまま、というのも味が悪い。
それならば。
俺は一つ思い立ち、来た道を引き返した。
突然ですが、短編を書きました!←
「黒井さんは、腹黒い?」
https://ncode.syosetu.com/n7923in/
甘酸っぱい青春モノです!
このページの下にも直リンクが貼ってありますので、読んでいただけると嬉しいですー!




