百八十一話
ここが"その場所"だと知らなければ、何処か地下鉄のホームにでも辿り着いたかと思ったことだろう。
その程度には、見覚えのある構造が俺の視界に入っていた。
大きな段差を飛び越え、コンクリートの床に静かに着地して周囲を見る。
違うのは、駅名を示す看板がないことや、売店の類もないこと。
そしてそこに停まっている車両が見覚えのない特殊な車両であること。
車両があるということは、やはり当初想像した通り、要人たちはここに来たということ、か。
そう考えを巡らせてから、車両沿いにホームを進む。
車両の中には、人の気配も、ゾンビの気配もない。
しかし進むにつれて、僅かだが、俺の"危険察知"のスキルがアラートを鳴らしていた。
未来予知にも似た俺のスキルが示すその反応は、先に危険が待っているということ。
とはいえ。
この世界に還りついてから調整し直した俺のスキルは、それが俺自身にとってはどうということもない場合にも反応する。
それは例えば誰かと同行した時に、この世界の基準での危険に対応できるようにそうしたわけだが……ともあれ、この反応の強さからすると、先に待っているのは"常人では突破出来ない程度の危険"といったところか。
それならば、何の問題もないだろう。
やがて階段へと辿り着き、静かにそこを"下りる"。
この辺りも、おおよその地下鉄のホームとは違うところか。
先にあったのは、少々場違いかという印象を受ける、鉄製の格子状の扉。
巻かれていたのであろう鎖とその錠は床へと投げ出されていて、確かに人がここを通ったのであろうことが想像出来た。
古い作りなのか、扉を開けるとキィ、と小さく音が鳴る。
そして足を踏み出した瞬間。
――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!
そう一つ大きな咆哮が聞こえ、次いで複数の足音が聞こえてきた。
「っ……!」
暗闇に揺らめく複数の薄く赤い光。
先に見える曲がり角からそれらは現れてこちらへと向かってくる。
両手をこちらへと向け叫び走ってくるそれらは、なるほど、確かに常人では対処は困難だろう。
しかし。
――ガア゛ア゛ア゛ア!!
声を上げ迫り来るそれらと瞬時に交錯してから、俺は得物を振ってついた血を床へと飛ばす。
同時、背後にいたやつらは後頭部を切り取られ床へと倒れた。
振り返り複数の倒れた死骸を見つめる。
そのどれもがスーツを着ていた。
多少毛色の違ったものもあるが……こいつは自衛隊幹部のものだろうか。
まあ、彼らの正体は後で写真でも撮って自衛隊と確かめればいい。
そう思いながら、思考を巡らす。
「……」
先の俺の驚きは、こいつらそのものに対してではなかった。
こいつらは常人にとっては確かに強敵だが、俺にとっては何の障害にもならないからな。
ならば俺が驚いた理由が何かといえば、それはこいつらの声を聞いて、降って湧いた当然の疑問からなる。
「……何故、ここにグールがいる?」
遠くでまた聞こえた咆哮を無視して、俺はそう独りごちた。




