百七十話
黒煙が昇り、周囲に嫌な臭いが漂っていた。
ガソリンと雑多な衣類と、そしてタンパク質の燃える臭い。
周囲で作業をする自衛官たちの顔色はよろしくない。
彼らの心情を思えば、それはやむを得ないことだろう。
ゾンビ共のいく手を阻む壁代わりに設置された海上コンテナの上に立ち、そのすぐそばで轟々と燃える炎に目をやる。
かつて、人であったモノの成れの果て。
それがひとまとめにされ、焼かれていた。
「……」
タケルとモモをあの町から連れてきてからしばらく、俺は自衛隊と共に駐屯地周辺の安全確保作業の続きをしていた。
外部からのゾンビの侵入については、コンテナを設置したことによりほぼ心配しなくてもいい状態になっていた。
そうなればあとは、この内部のゾンビの残党狩りだ。
見えている範囲、道路上のゾンビは片付けてはいたが、建物内についてはそうもいかない。
一つ一つまわり、綺麗に"掃除"するのには随分と時間がかかってしまった。
だがその作業も今日で終わり、これで完全に安全な、ひとつの区画が完成したことになる。
とはいえ大量の死体がそこかしこにあっては、虫の大量発生や疫病の原因となるなど非常に都合がよろしくない。
そういう訳で、こうしてその死体を焼却処分しているのだった。
『……柳木さん、そちらの様子はどうですか?』
「あぁ、予想通りやつらが多少集まって来てるが問題ない。適当に増えたら片付けてそこに"くべる"さ」
『はは……お願いします』
臭いと炎と立ち昇る煙、そして作業にかかる音で、外部にはゾンビ共が集まってきていた。
だがこんなものは、俺が下に降りて適当に蹴散らせばいいだけの話で何も問題はない。
むしろ問題なのは……というよりも気にかけていることが、今後のことで二つあった。
一つは、今回安全圏を確保したことで、今後避難民の居住地は折を見て駐屯地の外にする計画を立てていることだ。
タケル達町の住民が来たことにより、またさらに避難民の数が増えたからそうせざるを得ない事情もなくはないのだが、これは元々予定していたことでもある。
なんにせよ農業をするにあたっては、駐屯地内だけでことを済ますにはどうにも効率は良くないし、面積もそうある訳ではないからだ。
しかしこの計画実行の際には、これだけの人数の避難民がいるとなればそうスムーズにはいかないだろうというのは容易に想像できた。
もっとも、その辺りの仕事は自衛隊や萩さんの役目であるから、俺はただ彼らが上手いことやってくれるのを願うしかないのだが。
「……」
そして二つ目は、俺自身の今後の行動のこと。
あの町から戻り萩さんと話したあの日。
俺の頭に浮かんだのは、"他の駐屯地へ手助けに行くかどうか"ということだった。
すでに他の駐屯地にもグールが現れ始めている。
各自あらかじめ準備はしていたから今は甚大な被害は受けてはいないようだったが、それでもここの駐屯地のような防備を固めていなければ、この先はどうなるかはわからないだろう。
だがそれは、かつての俺の抱いていた想いとは異なる行動だ。
それはいわば、自ら救世主や英雄と呼ばれるものへと飛び込む道。
異世界からこちらへと戻ってきて、俺が避けようとしてきたもののひとつだ。
しかし同時に、今はそれをしてやりたいという気持ちも多少はあった。
馬鹿正直に俺との約束を守り、またこんな世界になっても甘っちょろい想いを胸に抱きながら、国民を守るという仕事を愚直にこなそうとしているここの自衛隊。
その仲間である他の自衛隊に降りかかるかもしれない危機を、見て見ぬ振りはどうにも出来ない気がした。
またそう考えるのには、こうしてここの防備が完成されたからというのもある。
以前であれば、織田さんやカエデ達が心配でここを長く留守にすることなど出来なかったが、今はもう不安要素などほぼほぼ存在しない。
なればこそ、他の駐屯地に出向いて手助けするのも悪くはないかと思うのだ。
――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛
ふいに、近くでそんな叫び声が聞こえて来る。
作業をしている自衛官がびくりと身体を震わせるが、それに軽く手を振ってから声のした方へと視線を移す。
見れば、コンテナに立つ俺に手を伸ばしながら近付くグールと、それにつられるようにその後方からゾンビ共がこちらへと向かってきていた。
「……だいぶ集まってきているようだから、片付けてくる。一応周囲は警戒しといてくれ」
そう言って何事もなくコンテナから飛び降りながら、まずはグールの首を刎ねる。
そして悠々とゾンビの群れに向かい、得物を振るった。
この力をまた知らぬ誰かに見せること。
ただそのことに対し、今はもう迷いはなくなっていた。
それはあの町で力を振るってきたことから余計にそう思うのかもしれなかった。
結局、町の住民は多くを望まなかったし、また俺を避けるようなこともなかった。
もっとも、それは救助に近しいことをしていたから、というのもあるのかもしれないが。
「……取り敢えずは片付いた。そっちに放り投げるから少しどいててくれ」
『さすがですね……了解です』
自衛官とそう交信を交わして、腰のベルトに使い終えたバールを差す。
そして少しの時間を置いてから、倒れ伏すゾンビの死骸を、次々に空に放った。
……単にここまではうまくいっていただけで、今後はまた異世界でのように、気の良くない思いをするのかもしれない。
だがそうなったときは、また考えればいい。
今は異世界にいた時とは違い、"俺に選択権がある"のだから。
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