十六話
「夜明けには戻る。部屋でおとなしくして居てくれ。」
リュックを背負い、傍に立つカエデに言った。
あの後スタッフルームに戻った俺は、カエデから近くの避難所である高校の位置を、壁に貼ってあった付近の地図で教えて貰った。
またその先にある市役所への道中にもう一つ学校があったので、その場所の確認もした。
取り敢えず、他の生存者も探そうと思ったのだ。
「最後にネットで見た話では、感染者は夜になるとより凶暴になるって書いてありました。夜が明けてからではダメなんでしょうか……?」
カエデは心配そうに俺に尋ねてくる。
異世界でのゾンビもそれと同じような特性を持っていた。
カエデの言葉で、やはりこの世界でのゾンビも向こうと同じものなのではないかとの思いが強くなる。
ただ一つ気になるのが、カエデの口から聞いた動画の話だ。
注射器でゾンビ化したと言うことは、呪いをそれで入れたということなのだろうか?
何故こちらの世界にそのような技術がある?
それともこれはやはり魔力や呪いとは別の物なのだろうか?
それは考えても俺には答えの出ないもので、まずは今やるべきことをやるしかないと、すぐに頭を切り替える。
「急ぎの用事でな。どうしても済ませておきたい。」
それに、夜になってゾンビが多少強化されたからと言って、俺にとってはどっちも大して変わりはない。
それよりも、夜の闇に紛れて人目を気にせず行動できることの方が好都合なのだ。
「あの、本当に、行ってしまうんですか……?」
つい最近聞いたような台詞を、それを言った少女に何処か似たカエデに言われ、俺は苦笑した。
もっとも、そんなことを知らないカエデは俺に疑問の視線を投げかけてくる。
カエデにとっては、父親の別れと似た今の状況に思うところもあるのだろう。
「心配しなくても大丈夫だ。さっきも言ったろう、ゾンビ共を倒してここに来たって。」
「でも!」
くい、とカエデが俺の着ている服の袖を引っ張った。
母親が死に、父親と別れ、ただ一人ここでずっと過ごしていたカエデの気持ちは多少なりとも分かる。
だが俺にとっては本当に大丈夫な現状、その温度差に少しだけバツの悪さを感じる。
「あー、何か欲しいものはあるか?あればついでに取ってくるが。」
「行かないで欲しいです。それがダメなら、無事に帰って来て欲しいです。」
それを隠すかのように俺が尋ねれば、カエデは即答で、尚も俺を慮った返事をした。
これには流石の俺も苦笑して、
「分かった。傷一つなく帰ってくると約束する。」
と、そう言うしかないのだった。
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念の為二階のゾンビも綺麗に蹴散らしエスカレーター前に追加のバリケードをこしらえて、一階に新たに入り込んでいたゾンビも外に誘導をしながら倒し、俺はホームセンターを出た。
外はもう夜の帳が落ちていて、これなら俺が現実離れした動きをしても生存者からそうそう見られることは無さそうだった。
俺の記憶にあるものと違って、空の星が随分はっきりと見える。
異世界転移する前までは、こんな風には見えなかったな、と思う。
"暗視"のスキルのせいではなく、それだけ、人工的な光が一切ないと言うことなのだろう。
ただ月の光が柔らかに地面を照らしている。
俺はまず一番近い避難所である、カエデの通うはずだった高校へと移動する。
カエデの話していたパニックのまま車が残っているのだろう、乱雑に車の止められた大通りを走り抜ける。
ゾンビが行く手を阻んでくるが俺にとってはやはり雑兵で、苦もなく蹴散らすことができた。
この光の乏しい中正確に俺を生きている人間だと認識していると言うことは、異世界と同じく夜目も利くらしい。
ホームセンターから新たに斧や鉈などの武器を持って来るか考えたが、もしも生存者と出会った時にそれら刃物を装備しているといらぬ恐怖を与えてしまうのではないかと思いやめておいた。
何より今使っているバールはバットと違って元が頑丈なためかその形状もバットよりは鋭いからか、その気になれば"斬る"ことも可能であったし、そもそもゾンビ程度の相手をするにはこれで十分だった。
しかしやはりどうにも魔力の浸透が上手くはいかないのが気になるところだが。
俺はゾンビ相手に色々と試しながら、10分もしないうちに高校へとたどり着いた。
正門は閉じられており、外から見た校舎は窓ガラスが割れたりしていて荒れた様子で生存者がいるようには見えなかった。
何より、校庭に多数のゾンビが歩いているのを見てその期待をするには随分と虫のいい話のように思えた。
俺は鉄製の格子を飛び越えて、中へと侵入した。
夜の学校におっさんが忍び込むなど、平時であれば間違いなく即逮捕されるであろうその行為に、俺は何とも言えないむず痒さを感じながら探索を開始する。
まずは遠目に見える体育館だ。
災害なんかで避難すると言えばそこというイメージがある。
敷地内をうろつくゾンビは結構な数がいて、やはりこの避難所に生存者がいるとは思えなかったが、ダメで元々と襲いかかってくるゾンビを倒しながら進む。
体育館の扉は開け放たれていて、中にもゾンビの姿が多数ある。
中に入ると床には荷物が散乱していて、元はたくさんの避難してきた人がいたであろうことが伺えた。
正門が閉じていることから、中からゾンビパンデミックが起こったと考えるのが妥当だろうか。
「……キリがないな。」
近づいてくるゾンビの頭を吹き飛ばし、俺はひとりごちた。
雑魚とは言え、これだけの数をいちいち相手にするのも面倒だ。
俺は体育館の扉を閉め、ガンガンとゾンビが扉を叩く音を背後に聞きながら今度は校舎の方へと向かう。
一階はゾンビで溢れている。
もしも生存者がいるとすれば上だろう。
ゾンビは力は強いが体を上手く使えないため、段差が苦手だ。
階段程度なら上手く上り下りする個体もいるが、高い段差ともなると人間と違って這いずるようにして移動しなければならない。
多少なりとも相手をする数を減らすためにも俺は階段を登り上の階に足を進めた。
校舎の高さからして、二階から回ればたとえ一階に生存者がいても十分気配感知で気付けるだろう。
俺はまばらに残ったゾンビを蹴散らしながら、血で汚れた廊下を歩き回った。