百六十八話
浮遊感がおさまってしばらく、ゆっくりと後部ハッチが開いていく。
スロープが敷かれ、それと共にプロペラの回転音が徐々におさまっていった。
自衛官の指示により、各々がシートベルトを外し席を立つ。
少々足元がおぼつかない者もいるが、それは仕方のないことだろう。
今回ヘリに乗っていたのは、殆どが高齢の住民たちだった。
年老いた身体では、ヘリの移動で何か起こってもおかしくはない。
その際の"最悪の事態"を回避するため、俺はこうしてあの町の高齢者たちと共にヘリに乗ってきたのだった。
もっとも俺が同行していたとて、ヘリの移動による誰かの死を止めることなどできない。
出来ることは"気配感知"での、生者がアンデッドに変わってしまった場合の対処だけ。
その際は目の前で同じ住民を殺す場面を見せることになってしまうから、その事態が起きなかったことに俺は心底安堵していた。
「柳木さん、お疲れ様です!」
ヘリを降りるなり、近くにいた自衛官に笑顔で声をかけられる。
軽く返事をして、何か駐屯地で不測の事態は起きていないかなど報告を聞きつつ、俺は一つ息を吐いた。
……ともあれこれで、あの町の住民を駐屯地に移動させる、という作戦は無事に完了したことになる。
「アザミっち!」
視線が向いていたのはわかっていたが、そんな似合わぬ呼称での呼びかけに苦笑しながら振り向く。
声の主は、自衛隊の駐屯地という場所に降り立ち、ついさっきまで物珍しそうに辺りを見回していたはずだったが。
「……なんだ」
そう返してモモの方に歩み寄れば、彼女は顔に満面の笑みを浮かべていた。
「もう、何度も、何度も、ありがとうね!」
「あー……そいつはもう聞き飽きたから、勘弁してくれ」
ここ二日、同じような言葉を言われ続け少々うんざりしていた俺はおざなりにそう言葉を返した。
そうしなければ、彼女の隣にいるタケルがまた今にも同じ言葉を口にしそうだったから。
俺に先んじてそう釘を刺されたからか、タケルは開きかけた口を閉じて照れ臭そうに俺を見上げていた。
「それでもだよー、アザミっち。うち今ね、なんだか凄く嬉しいんだ」
「……ヘリの中で暗い顔を浮かべていたのはどこへ行ったんだか」
タケルとモモは、俺と同じヘリに乗ってここまできている。
それはじいさんもまた高齢者の区分に入るから一緒に来たかった、という理由からだ。
まあそれに加えて、俺のそばにいるのが一番安全、とモモが判断していたというのもあるらしいが。
ともあれ、ヘリでの移動中上空から外の様子を見下ろした彼女らは、あの日デパートから駐屯地へと移動してきた時のカエデやユキと同様、その顔に暗い影を落としていた。
亡者がうろつき、崩壊した景色がどこまでも続く様を改めて見て思うところがあったのだろう。
しかし先程からモモはその時とは打って変わって、随分と晴れやかな顔をしている。
「……なんて言えばいいんだろ。別に、あの町やじいちゃん家が悪いとかそういうんじゃないし、むしろ初めてアザミっちに会った時と比べたら凄く良かったんだけど。でも、うちのやれることなんか家事かじいちゃんの庭の畑いじりくらいしかなくてさ」
「……」
「最初は良かったんだけど、段々とこんな世界の中、先の見えない、ううん、先のないような感覚になってたっていうか……はは、ちょっと自分でも何言ってるのかわかんないんだけど」
モモは眉間に皺を寄せて難しい顔をしながらそう言って、んー、と小さく唸って見せた。
「とにかくね。こうやって新しいところに来て、また何か新たな希望が見えた、みたいな?考えてみればアザミっちにはたくさん希望を貰えてるなー、みたいな!」
「……なんだ、それは」
モモから捻り出された言葉と、真っ直ぐな視線に気圧され、視線を逸らす。
ちらりと隣のタケルの方を見れば、無言でこくこくと頷いているものだから、余計に気恥ずかしかった。
……そう返したものの、モモの言わんとしていること自体は理解出来ていた。
モモたちに初めて会ったあの日、彼女らは死に直面していたところを、俺の手によって救われた。
そしておそらくは二人きりでこの世界を生きていかねばならなかっただろう未来も、あの町に運んだことで変わった。
一時は、この世界においてはかなりマシな生活に安堵していたことだろう。
だが特にモモは、じいさんの家の敷地内にいるだけの生活に、徐々に息が詰まっていったというところか。
それは勿論、こんな世界だからこそというものなのかもしれないが。
それにしても、希望、か。
なんにせよ、そいつは多少大袈裟が過ぎるというものだ。
別に、外の世界が変わったわけではないんだからな。
「……ほら、移動するみたいだぞ」
「むー、アザミっちてばそっけないんだからー」
話を切り上げ案内を始めた自衛官の方を指差すと、そう言ってモモは唇を尖らせながらも歩き出す。
「……みんな、ここに馴染めるといいけどなー」
ぼそりと紡がれた不安そうなその言葉とは裏腹に、モモの顔はあいも変わらず晴れやかだ。
それは新天地での生活を楽しみにしているようでもあり、そして先の言葉通り、俺への信頼感から来るものなのだろうか。
「邪険にされることはないと思うが……何かあったら遠慮なく近くの自衛官に言ってくれりゃいい」
「うん、わかった!」
「タケルやモモと同年代の子もいるから、仲良くやってくれ」
「そうなんだ?アザミっちの知り合い?」
「……まあ、そんな感じだな」
そんな風にモモに答えてから、俺は一度頭をかく。
……それにしても。
あまり気にしないようにしていたが、あの町にいた時も、勿論今も、"その単語"が出るたびに向けられる視線。
生温かいと言っていいのか、向けられる自衛官からのその視線は、さすがに羞恥を感じざるを得ない。
「じゃあ、すぐに挨拶に行かなきゃだね!……って、どうかした?アザミっち」
「あー、いや……」
そして、すぐ先に差し迫っているだろう更なる羞恥に、俺は苦笑するのだった。
漫画版第11話が、コミックノヴァ公式ホームページにて公開されております!(ニコニコの方では更新されておりませんのでご注意を!)
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