百六十四話
下へと降りる石階段に向かい走る俺に気付き、そのあまりの勢いに危険だと判断したのか、見張りの男が口を開きかける。
それを無視して高く跳躍すれば、言葉は発せられることはなく、ただあんぐりとその口が開けられたままなのが横目に見えた。
空中から町の状況をある程度確認しながら一足飛びで下へと降り、走り出す。
すでにヘリは目的地である小学校の屋上に到着しようとしているところだった。
「……那須川さん、ナビを頼む」
那須川さんには、町の人と連携して、危険になりそうな避難場所やゾンビの数の多い場所の報告を頼んである。
『……すみません、まずは小学校の方からお願いできますか。かなりの数が集まりそうです』
「わかった、急ごう」
最終的にヘリの停まるあの場所は、当然そうなることが予想された。
自衛隊もある程度の武装はして来ているが、グール混じりとくれば、あの少人数で防衛するというのはいささか無理があるというものだろう。
進路上にいるゾンビの頭を刎ねながら一直線で目的地に向かうと、グールの叫び声が聞こえてくる。
それにつられて、多くのゾンビ共が学校の方へと歩みを向けていた。
……まずは、グールからか。
ゾンビの殆どを無視して駆け出し、小学校へと到着する。
校舎の向かいにはコンクリートの通路を挟んで校庭がある形で、その開放感のある佇まいは多くのゾンビの襲撃にとてもではないが耐えられるようなものではないように思える。
周辺に金網のフェンスこそあるがそれも完全ではなく、ここが都会であったならば避難所としては機能していなかっただろう。
幸いなのは、昇降口の前に階段がついていて多少の段差があるところか。
粗末なバリケードと合わせて、そこで校舎には容易には入らせない工夫が見てとれた。
しかし今は、その前にグール共の姿が複数あった。
ヘリの停まった屋上の方を見上げながらも、ぎょろぎょろと周囲を見回し、バリケードに勢いよく拳を叩きつけている。
町の皆は校舎の中にいるようで近辺に人の気配はないが、しかしともあれ、あの様子ではバリケードはそう長くはもたないだろう。
「……」
瞬時に近づき、まずはグール共の頭を刎ねる。
続け様、周囲に集まって来ていたゾンビ共に刃を向けた。
グールの不快な叫び声が突如聞こえなくなったからなのか、校舎側からいくつもの視線がこちらへと向けられるのがわかった。
多数のゾンビ相手に孤軍奮闘する俺に向けられたその視線に含まれるのは、理解不能な事象を前にした、畏れからくる僅かながらの敵意なのだろう。
……ああ、那須川さんやじいさんに頼んで、外は見ないよう言ってもらうことも可能だったか。
いや、今後この町の住民を移動させる時のことを考えれば、それはそれで面倒というものか。
奇異の目に晒されながらも、それらを無視してただ目の前の敵を斬る。
校舎正面側のゾンビ共をあらかた片づけ終えたところで、俺は腰につけた無線機を手に取った。
「……取り敢えずは、こんなもんだろう。次は?」
校舎の屋上の方に視線を送れば、そこには自衛官の姿。
彼は眉間に皺を寄せたまま無線機を手に取ると、次の指示を俺へと伝えて来た。
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町の中を駆け回り、ゾンビ共を斬り伏せる。
主に避難所の近くに現れたやつらを倒して回っていたのだが、当然、俺の姿は町の皆の目に触れることとなった。
「……」
萩さんに、駐屯地で農業をやるためにこの町の住人を連れてくる、という今回の案を出した時に、彼女は俺に大丈夫なのかと聞いてきた。
それは力を知られたくないといっていた俺への、彼女なりの気遣いだったのだろう。
当初の予定では、町の皆の移動についてそれほど問題はないはずだった。
前にここを訪れた時はゾンビの数などたかが知れていたし、それならば大型のヘリで何度往復しようが特に危険はないと思われたのだ。
しかし想定外のことが起きない保証もない。
そうなれば俺の力を頼ることになるかもしれないし、またそれを町の皆に見られずにことを運ぶというのはかなり難しいだろう。
その場合、町の皆には俺の力を口外しないよう伝えるつもりではあったが、しかしそれが確実に守られるとも考えていなかった。
じいさんやタケルやモモならいざ知らず、それほど関係性のない者まで口を滑らさないと考えるのは虫の良すぎる話だ。
多少事情は違うが、駐屯地でのカエデの話でさえ、すぐに広まったのだから。
しかし俺は、たとえそんなことになってしまったとしても、それはそれで構わなかった。
そう判断した理由は、正直な話、自分でも正確には分かってはいない。
それはあの日タケルが俺に言った言葉を思い出し、彼らに思いを馳せたからというごく単純な理由だったのかもしれないし、単に他の駐屯地に行って何か手伝いをするのを嫌った結果なのかもしれなかった。
いや、少なくとも確実に言えるのは、カエデの存在、か。
駐屯地で彼女は、今や他の避難民の注目を浴びる存在となっている。
そして彼女にはそんな矢面に立たせているというのに、俺はといえば、自分の力を未だに隠している。
その事実に俺は負い目のようなものを感じていて、また羞恥心にも似た感情を抱いていた。
ならば俺の力を白日の元に晒し、多少は避難民の意識をカエデから遠ざけるのも良いかと思った。
それにそうなれば、いつだったか那須川さんが食堂で言ったように、俺たちが所謂特別扱いかの如く別の場所で暮らすことに、より納得感も出るだろう。
駐屯地でのカエデの事情などを鑑みれば、今となってはそれも悪くないのではないかと考えたのだ。
そして何よりも。
もしかすると、俺はそんな彼女の思う、彼女の目から見る俺という存在に近づきたいという想いがあるのかもしれなかった。
ともあれ、結局萩さんや自衛隊は俺の案に乗った。
特に自衛隊としては、俺の力が結果的に避難民にバレるかもしれない、ということが都合が良いと思ったのかもしれない。
そうなることを強く望んでいたわけでもないだろうが、避難民への対応についての問題が一つ解決するとなれば、彼らにとっては悪くない話だったのだろう。
それに今いる駐屯地の自衛隊は、未だに"誰かを助けたい"という志を持っている。
この町の住民達、そんな新たに助けられる命があると知った彼ら自衛隊は、俺の案に反対などすることはなかった。
「……」
町の皆の視線、それを感じながら、俺は今後のことを考えて諦めにも似た感情を抱きつつ、小さく笑っていた。
最近忙しすぎて、更新滞ってしまい申し訳ございませんorz




