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異世界還りのおっさんは終末世界で無双する【漫画版5巻6/25発売!!】  作者: 羽々音色
五章

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百五十九話


俺達が駐屯地に移ってから、一ヶ月が経とうとしていた。


海上コンテナによる外壁の設置もほぼ終わり、残る作業は壁の内側のゾンビの掃討だ。

特に建物内には、まだ多くのゾンビが蠢いていると思われる。

しかしそれが終われば駐屯地周辺の安全はほぼほぼ確保されると言ってもいいだろう。


そうなれば狭い範囲ではあるが自衛隊が周辺から物資を危険無く調達出来るし、また将来的に避難民が駐屯地の外で暮らすことも可能になるかもしれない。

もしくは、駐屯地外に畑なんかを新たに作るという手もある。


まあその辺りの小難しい話は、彼らに任せようかと思うが。


「ふぅー……んぅっ……」


と、目の前の少女がそんな少し苦しそうな声を上げながら、片手でダンベルをゆっくりと持ち上げた。

付いているプレートは10kgが二つと5kgが二つで計30kg。

到底、年端もいかぬ華奢な少女がそう簡単に扱える重量ではない。


だが目の前の少女は、見事それを持ち上げてみせた。


「わわっ……」


そう言ってバランスを崩しふらつく少女の持つダンベルと一緒に、彼女の身体を支えてやる。

力が抜けたのか、もたれかかるように彼女は俺に身体を預けてきた。


「あっ、す、すみません、アザミさん」


「いや……カエデ。予定もあるし、今日はこれくらいにしておこうか」


顔を赤くするカエデからひょいとダンベルを取り上げると、俺はそう言ってアイテムボックスへとそれをしまう。

まだやれます、とでも言いたげな視線を投げつつも、彼女はこくりと頷いた。


……結論から先に言えば、やはり彼女の身体には魔力が宿っていたようだった。


そして俺はあの日から毎日、こうしてカエデに魔力の扱いを教えている。

その多くは俺が異世界(むこう)でリンドウ達から教わったものだが、所謂異世界人ならではの自分の経験を活かしたものも含んでいる。


「まだ力で持ち上げようとしているな。筋力はオマケと思え。それに魔力のバランスも悪いから、これもまた宿題だな」


「はいっ」


「何度も言うが、魔力が枯渇すると面倒だ。一人の鍛錬の時は特に程々にな」


魔力切れを起こすと激しい疲労感に襲われ動けなくなる。

まあ魔力は使わなければ勝手に回復するし、要は現実世界でいう体力やスタミナと同じようなものだ。


ただ体力やスタミナを全て空にするというのは現実的にあり得ないが、魔力の場合はそれが出来てしまう。

もしそんな状態になったのなら向こうでは魔力回復薬を飲ませたりしたものだが、残念ながらこっちの世界にそんなものはないからな。

その意味でも鍛錬を始めるにあたり、カエデにはそのことを重々注意していた。


しかしそれを考えると、こっちの世界の人は魔力がゼロの状態で動いているわけだから、今となっては不思議なもんだ。


「私、全然ダメですね……」


タオルで汗を拭うカエデが、そう言って肩を落とす。


「おそらくそんな簡単なものじゃないんだろうさ。俺の場合は"ズル"のようなものがあったんだろうしな」


それは言わば転移者特典とでもいえるようなもので、魔力を宿したり、ユニーククラスを得たり、そんなものと同様に、何かしら異世界に素早く馴染めるような力が働いたからこそ、魔力に慣れるのも早かったのではないかと俺は考えていた。


「ま、気長にやっていけばいいさ」


そんな言葉をカエデに投げ掛けて、ふと異世界でのことを懐かしむ。


俺が魔力の扱いを覚えてから、リンドウと模擬戦をやるたび、あいつも悔しがっていたっけな。

何度やってもリンドウは剣技で俺に勝てなくなってしまったから、今と同じように、"ズル"なんだからそう肩を落とすな、と慰めたもんだ。


幼い頃から長年修行してきた彼女を考えれば、どう繕えばいいかわからず困ったものだが、彼女はそんな態度を取りながらもいつも笑っていたように思う。


「はいっ、頑張ります!」


「……程々にな」


そう言って真剣な眼差しを向けるカエデを見て、俺は小さな笑みを彼女に向けた。


+++++


「柳木さん、お疲れ様」


「ああ、織田さんも」


翌日。

俺は食堂で織田さんと面していた。


たまには一緒に飯でもどうかと、外壁作りの後に行われる本部での定例会議の時、誘われたのだ。


「この後はカエデちゃんの訓練かな。カエデちゃんの様子はどうだい?」


「まあ、まだまだってところだな。織田さん達の手を本格的に借りるのはもう少し先になりそうだ」


魔力が安定するまでは身体的な訓練については、もう少し先にしようと俺は考えていた。

カエデ自身もそうだし、カエデの相手にも危険があるかもしれないからだ。


「そっか。とは言え僕たちもしばらく訓練なんてしてないからねえ。そう思うと、平和だった頃が随分懐かしく感じるよ」


「警察は、日頃から柔道やらやっていたんだったな」


「そうだね。若い頃は嫌だったもんさ」


そんな取り止めのない話をしながら、食事を配膳しテーブルに着く。


今日の食事は、豪勢にもカレーだった。

いや、具がほとんどないのだから、豪勢とは言えないか。


「カエデちゃん、頑張ってるみたいだね。僕らももっと頑張らないとなあ」


「織田さん達はそれこそ十分すぎるほどによくやっているさ」


「はは、柳木さんにそう言ってもらえると嬉しいね。それにしても、カエデちゃんはどうしてそんなにやる気になっているんだろうね」


スプーンで米と一緒にカレーを口に運び、飲み込んでは織田さんはそう疑問を投げかけた。


「……さてな。織田さん達の世話になるうちに、いつからかそう思い始めていたんだとさ」


「まだ子供なのに立派なもんだね」


「挙げ句、俺みたいになりたいだの、"ろくでもないこと"まで言ってたよ」


そう言って俺は一度苦笑してから、目の前のカレーを頬張った。


あの日、力を秘めている可能性を示唆されただけで、カエデはその小さな体で、新たな決意を俺に見せた。

彼女のそれは、現在の守られるだけの立場である、ということからの脱却を望んでいるだけではなかった。

あの後日、カエデは俺に、"アザミさんのように人の役に立ちたい"とはっきりと言ったのだった。


しかしその言葉を聞いた俺は、うまい言葉を返せなかった。


それは俺自身が、単に自分の好きな守りたいものを守っているだけにすぎず、彼女の意志やその言葉からなる人物像と大きく乖離していると考えたからだ。


カエデは俺を随分と美化しているように思う。


「柳木さんみたいに、か。その気持ち、僕も少し分かるかな」


と、そんな俺の考えとは裏腹に、織田さんは少しだけ遠い目をしてから、俺に視線を向けた。


「まだ警察署にいた時ですら、僕はそう思ったよ。僕が出来なかったことを、一人でやる柳木さんが眩しかった」


「……それを出来るだけの力をたまたま手に入れていただけさ」


「力のあるなしなんかじゃないよ。それに、そんな力があったらもっと自由に振る舞う人だっているんじゃないかなあ」


「……萩さんみたいなことを言うんだな」


織田さんの言葉にそう返すと、既に言われていたのかと彼は小さく笑った。


「柳木さんはこう言われたら嫌がるかもしれないけど。僕にとっては、柳木さんは憧れの存在なんだ」


「……別に、織田さんに言われる分には構わないがな」


真剣な眼差しを向ける織田さんから顔を背けて、ひとつ息を吐く。

さすがに、少々気恥ずかしい気分だった。


しかし同時に、以前彼が涙ながらに俺を追放した時の気持ちが多少なりとも理解出来て、胸が痛くなった。

あの時、全てを打ち明けていたのなら、と。


そんな気持ちを隠すかのように、皿に残ったカレーを口に入れては、咀嚼する。


「……しかし。こう食事に華がないと織田さん達や自衛隊は大変だな」


ついでにそんなことまで言って、話題を変える。

織田さんは俺の気持ちを察しでもしたのか、苦笑しながらそれに乗った。


「肉は仕方ないにしても、野菜はもう少しどうにか出来ればいいんだけど」


「……駐屯地内の栽培がうまく運べばいいんだがな」


「そうだねえ」


その話は先ほどの会議でも挙がった話で、まだどうにも予測の付かない問題だ。


というのも、いくら自衛隊でも農業には明るくない。

隊員の中には農業の手伝いをしたこともある者もいるらしいが、しかしイチから始めるとなるとさすがに話は別だ。


また残念なことに、数多くいる避難民の中に経験者もいないときた。


ある程度なら素人でもそこそこの成果は見込めるだろうが、避難民の数も考えれば、もっと本格的な計画が必要と思われた。


まあ最悪、軌道に乗るまでは俺がそこかしこから食料を集めれば一年くらいは保つだろうが。


「自衛隊も人手が足りてる訳じゃないしね。誰か任せられる人がいればいいんだけど、って萩さんがこの間ぼやいていたよ」


勿論、萩さんのいたところのような他の駐屯地から経験者を連れてくる手もある。

今も無事な駐屯地は、この周辺よりもさらに田舎の地域ばかりだからな、農業経験者も余っているかもしれない。

しかしわざわざ、現状無事な場所から積極的に離れようとする避難民もそういないだろう。


「俺が他の駐屯地で貸しを作って無理矢理協力を頼む手もあるが……正直、気乗りはしないな」


そうなれば、今やっと長い期間を掛けて完成しようとしている外壁の作業をまたやる羽目になるだろう。

その作業自体が酷く嫌だという訳ではないのだが、現状、この駐屯地を長い間離れることには抵抗があった。


「ま、それについてはこっちでなんとか考えるさ。さて、それじゃあそろそろ行こうか」


そう言って立ち上がる織田さんについて、返却口へと食器を返す。

気付けば日は落ちかけているようで、食堂の窓から入る光は随分とか細くなっていた。


それにしても。

救世主だの、ヒーローだの、憧れの存在だの、俺のようになりたいだの、ここ最近小っ恥ずかしい思いをするもんだ。


と、そこまで考えて、同じような台詞を言ったやつが他にもいたことを思い出した。





間が空いてしまい申し訳ございませんorz


漫画版7話も更新されておりますので、そちらの方も是非是非よろしくお願いいたします!orz

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黒井さんは、腹黒い?

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