百五十八話
「おそらくだが……カエデの身体には、魔力が宿っている」
静かにそう言うと、カエデは俺を見上げながら目をぱちくりとさせた。
一瞬遅れて理解が追いついたのか、少しの間をあけてから、彼女は口を開く。
「……そ、それって、つまりは、アザミさんと同じ、ということでしょうか……?」
その解釈が正しいのかどうか、おそるおそるとでもいうように彼女は問うてきた。
自らが考えていた、ゾンビとの関連性はないものなのか、という意味合いもあるのだろう。
「まあ、そうだな……カエデの今の状態は、俺が異世界で経験したものと同じなんだよ」
どういう仕組みかは知らないが、俺は異世界に転移したと同時、身体に魔力を宿した。
ロベリアの話では、あの世界では歴史上俺以外にも異世界からの転移者はいたようで、その者達は全て俺のように魔力を得て、また強大な力を手にしていたらしい。
世界の危機の時に決まってそれは起こっていたようだが、今回はたまたまその白羽の矢が俺に立ったという訳だ。
ともあれ、魔力を手にしたばかりの俺は、それを使いこなすのに随分と苦労を要した。
体内に魔力が巡っていたからか、日本にいた頃とは比べ物にならないほどに身体能力は向上していて、ただそれを制御するだけでも気をつけねばならない有様だった。
魔力の扱いを徐々に覚え、さらに身体強化を出来るようになってからも、その苦労は続いた。
腕に魔力を集めれば足がおろそかになり、またその逆も然り。
生まれた時から魔力を持った異世界の住人はその辺意識せずともやれるらしいが、俺は慣れるまで酷く時間がかかったものだ。
それは俺のクラス『サムライ』の特徴である、少ない魔力でもとんでもなく身体強化される、という理由もあったのかもしれないが。
今のカエデは、その時の俺と同じ状態なのではないだろうか。
「確実に魔力由来のもの、と断定は出来ないんだが、状況から見てその可能性は高いだろう」
残念ながら、他人の魔力を感知することの出来ないクラスの俺だからはっきりとは言えない。
しかし急に力が強くなるなど非常識な出来事は、まさに魔力が関係しているとしか思えなかった。
そしてその原因を考えるならば、エリクシールだろう。
エリクシールにそんな効果があることなど聞いてはいなかったが、そもそも最初から大なり小なり魔力のある異世界の住人では分からないことだった、ということなのかもしれない。
「取り敢えず、魔力の制御についてはある程度なら教えてやれる。やってみるか?」
「……はいっ」
俺が提案すると、カエデは力強く頷いた。
もし、それでバランス感覚なんかが改善されたり、さらに力が向上するようなことがあれば、俺の仮説は正しい、ということなる。
またそうであれば、もうゾンビ化については心配しなくてもいいだろう。
そもそもあの日からこれだけの期間が経って平気なんだから、大丈夫だと思ってはいたのだが。
「使いこなすには多少時間はかかると思うが、そこはカエデのやる気次第だ。自衛隊の手伝いがない時は、いくらでも付き合うさ」
「はいっ。あの、ご迷惑でなければ、よろしくお願いします……」
つい先程遠慮するなと言ったにも関わらず、そう気を回して頭を下げる彼女に、俺は小さく苦笑した。
相変わらず、いいこなことだな、と。
「今日からでもやるか?」
「……いいんですか?」
「あぁ。ま、ユキの小言でも聞いてからになるがな」
冗談めかしてそう言うと、カエデはどう反応していいのか困ったような笑みを浮かべた。
ユキの話は大方、カエデに何を話したのかだとか、そんなところだろう。
別にこの内容でユキに怒られるようなこともないだろう。
それともあいつのことだから、いつもカエデと一緒に作業をしていた自分がこの状態に気づけなかったことに対して、罪悪感でも抱いているのかもしれないな。
もしそうだったら多少はフォローしてやらないといけないか。
いや、何か違和感を抱いたのなら今度からは細かいことでも言ってくれ、とユキにも伝えた方がいいか。
などと考えていると、カエデがじっと俺を見つめているのがわかった。
「あの……」
「ん?」
「えっと、その。もし本当に私に魔力があったとして……ちゃんと訓練すれば、私もアザミさんみたいに、とはいかないまでも、強くなれるんでしょうか……?」
彼女の口から放たれた言葉は、その口調に反して、随分と力強いものだった。
その裏にあるのは、以前聞いた彼女の言葉から、どんなものであるのかは明らかだ。
つまりは、もしそんな風になれるのならば、何かのために役立てたい。
守られるだけではなく、守れるようになりたい。
自分だけではなく、他の誰かも。
と、そのような想いなのだろう。
そんな彼女の気持ちを汲んで、俺は一つ息を吐く。
「ま、その可能性はあるかもな」
その言葉に、カエデは瞳を輝かせて俺を見上げた。
「だが、そうなるにしても間違いなく時間はかかる。今も力があると言っても、それも男と変わらない程度なんだ」
今後カエデが魔力の扱いを覚えたとして、そこらの男共より力が強くなり、身体能力も飛躍的に向上したとしても、まだまだ自衛隊や警察官達の方が余程のこと頼りになるだろう。
技術や知識がそもそも違うし、それに身体の使い方自体もカエデは知らない。
いくら身体能力が高かろうが、それでは宝の持ち腐れというものだ。
そうだな、その辺りのことは、カエデが望むなら織田さんにでも頼んでみるとするか。
「はい……でも、私、頑張ります」
「……後で色々と説明はするが、魔力の扱いは繊細だ。無理はしない程度にな、これは約束だ」
「わかりましたっ」
そう力強く頷くカエデの表情は、決意に満ち溢れていて。
それを見た俺は、以前ホームセンターから警察署へと向かう時の彼女の様子を思い出した。
カエデはあの時両親に別れを告げて、新たな一歩を踏み出した。
彼女にエリクシールを渡した時もそうだ。
あの時カエデはゾンビを殺し、自分の死も覚悟した。
まだ子供ながらに、いや子供だからこそなのか、カエデはこの短い期間で随分と変わったように思う。
そんな、成長とでもいうべきカエデの変化を想い、俺は小さな笑みを彼女に向けた。




