百四十九話
手を離すと同時、金属とアスファルトのぶつかる音が辺りに響く。
十分な高さと強度を持ったそれは、ただそこにあるだけでゾンビの侵入を許さないだろう。
20フィート海上コンテナ。
海上輸送に使われている、高さ約2.5mの金属の箱だ。
重さは約2tで、最大積載量は28tにも及ぶ。
俺は仮の壁の設置が終わった後、まずは自衛隊と協力してこのコンテナを各地の埠頭や港から集めて回った。
俺のアイテムボックスはリンドウ達のように馬鹿げた容量はなく、2tを越えるこのコンテナは一つとして入らない。
また自衛隊にとっては、電気がまだ健在であれば港に設置されているガントリークレーンを用いて彼らだけでコンテナを運び出すことも可能だったかもしれないが、それも無理ときている。
この作業は、俺と自衛隊が協力しなければ出来なかったことだろう。
まあコンテナの積み下ろし作業は当然のように俺が一人でやったから、働いた割合で言えば俺の方が圧倒的ではあるんだが、それについては仕方のないことだろう。
駐屯地に繋がる港周辺のゾンビも殆ど俺が片付けているしな。
ともあれそうして集めたコンテナを、今は自衛隊と協力して設置を進めている。
勿論相当数が必要だから、今現在運搬中の船もあるし、また集めに行かなくてはならないだろうが。
『……柳木さん、無事ですか?』
ずらりと並んだコンテナに目をやって、これからまた時間がかかりそうだなと少し憂鬱な気分になっていると、胸にしまった無線から連絡が入った。
「問題ないが、どうした?」
『こちらは大丈夫ですが、グール一体が並走しています』
「あー、そのまま来てくれ。次からそっちに危険がない限り連絡しなくてもいい」
『了解です』
そう無線で自衛官の一人と会話をしてしばらく、一匹のグールと共に一台のトラックがこちらへと向かってくる。
俺と言う人間の姿を目視したグールは目標を俺へと変えてこちらへと走り出すが、接敵するなり腰に差したバールで一撃で葬った。
『さすがですね……』
停車したトラックからの声に首をすくめると、荷台部分からコンテナを取り外し持ち上げる。
それを一度道路上に置いては、無線で一声かけてまた舞い戻るトラックを見送った。
ここからそう距離の離れていない場所では、自衛隊も同様の作業を行なっている。
彼らの場合はクレーンを使っての作業で、防衛のためにもそれ相応の人数でことに当たっているが、もともと仮の壁設置のときに周辺のゾンビは倒してあるから、それほど危険もないだろう。
もっとも屋内にいるゾンビに関してはその限りではないから、その辺は特に注意して貰っているが。
設置作業についてはヘリでの運搬も考えたが、騒音が酷いのでその案はやめておいた。
長時間の騒音でわざわざゾンビ共を集めていては、なんのための壁の設置かわからないだろう。
単に車を立てかけただけの仮の壁では、集団のゾンビを前にしては心許なすぎる。
一度路上に置いたコンテナを再び持ち上げ、すでにあるコンテナの横にぴたりと設置する。
この周辺は遮蔽物もあまりないからこのように設置しているが、建物のある場所ではそれらも利用しながらの設置となる。
建物は、中を塞いでしまえばそのまま侵入を阻む壁となるからな。
自衛隊の方ではその他にも色々とやるようだったが、取り敢えず俺は難しいことはわからんからそれは任せるとしよう。
今日何度目かわからないコンテナを運ぶトラックの音がして、俺はそちらに視線を向けた。
+++++
夕暮れにはまだ早い時間、俺は駐屯地へと戻ってきていた。
自衛隊と共に行なっているコンテナの設置作業は、夕方より早く終わるようにしているのだ。
ヘリを使用していないにしてもそれ相応の騒音は発生するからゾンビは仮の壁の外に集まってはくるし、その状態で夜になっては面倒なことになりかねない、と言う判断からだ。
もっとも今日は音に釣られたゾンビが少なかったから、俺はこんな早くに駐屯地に戻って来れているのだが。
そんな時間だからか、まだ敷地内には避難民の姿も多数見受けられた。
本部への報告を終えて一度宿場へと戻ったが、中には殆ど人気はなかった。
時間も早いからおそらくデパートの面々はまだ何かしらの作業中なのだろう。
そう言えば、この間駐屯地内で栽培などやろうという話をしていたな。
もしかしたらそれを手伝っているのかもしれない。
そう思い立って、グラウンド方面へと足を進めた。
「……ん?」
じきに着くかと言う頃、人集りが見えた。
デパートの面々もその中には何人かいるようで、何事かと小走りで駆けつけた。
「……っおい!なんだよ、それは!」
「落ち着いてください!何も問題はありませんから!」
何やら俺の知らぬ顔の避難民の青年が自衛官に詰め寄り、一悶着起こしているようだった。
自衛官は遠目に俺の姿を確認すると、まずいものをみられたかのような表情を一度して、再びその避難民への対応を続けている。
「あっ、先輩……」
現場に着くなり、人集りの中にいたユキに声を掛けられる。
そのすぐ隣には、カエデの姿。
カエデは下唇を噛んで、到着したばかりの俺に助けを求めるかのような視線を送っていた。
いや、と言うよりむしろ、それはまるで"やらかした子供が親に向けるような"、そんなもののようにも感じる。
「隠すなよ!俺は見たぞ!」
「お願いですから、落ち着いてください!」
避難民の男性は興奮がおさまらない様子で、自衛官とカエデの方を交互に見ながらそう大きな声を出す。
当のカエデはと言えば、ユキを含むデパートの面々に守られるようにその周りを囲まれながら、怯えたような様子だった。
何があった?、と皆に問いかけはしなかった。
その様子を見て、大体の事情を察したから。
「その腕!噛まれてるんじゃないのか!?」
避難民の青年の言葉に、カエデは黙ったまま左腕を抑えていた。
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