十四話
「それから、ここでずっと一人で過ごしていました……」
カエデは話を終えると、袖で涙を拭った。
それでもなお、流れる涙を止めることはできない。
あぁ、本当に、辛いことを話させてしまった。
恐怖、喪失感、絶望感。
きっと、そんな記憶などいっそ無くしたいほどの事であっただろう。
それをわざわざ鮮明に思い起こさせてしまった。
「……すまない。」
少なくともこの涙は、俺がここに来たことによって流れたものだ。
その事にまず、俺は謝罪した。
「アザミさんが謝ることなんて、一つもないです。」
目を伏せ首を振り、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらカエデは言う。
カエデがなんでもする、と言ったのは、父親の最後の言葉を愚直に行動に表した結果なのだろう。
そしてそれは、つまるところ、これからも俺の助けを必要としているということだ。
ただこの瞬間の施しの礼では無く、その後にも期待しているからこその言葉なのだ。
目の前に偶然垂れて来た救いの糸を手離したくない、ともかく何をしてでも、生き延びようとする意思がそこにはあった。
「……成る程な。」
異世界から帰ってすぐこんな世界になっていて、初めて会った生存者に安堵して、まるで捨て猫に餌をあげるかような気楽さで食料を渡したのだが、その行為は俺が異世界で酷く嫌っていたものと同じであることに気付いた。
甘ちゃんな勇者リンドウ。
後のことを考えず、その場だけの施しをしょっちゅうしていたっけな。
いや、そもそも捨て猫に餌をあげるという行為自体そのものが、元々のこの世界でも気楽に行ってはならないものだったか。
俺は、傍に置いてあった自分のリュックを持ち立ち上がると、中身を全てテーブルの上に広げた。
「……?」
疑問符を投げかけてくるカエデに、俺は答える。
「好きなだけ食べていい。道具も好きに使っていい。火を使う時は細心の注意を払えよ。後、大きな音は出すな、やつらは音に敏感だからな。」
「……いいんですか?」
遠慮がちに、しかし泣き腫らしたその瞳に期待の色を乗せてカエデが俺を見つめてくる。
いいだろう、その期待に、応えようじゃないか。
「遠慮しなくていい。取り敢えずは、助けると決めた。」
「っ……ありがとう、ございます……!あの、何でも、言ってください!」
「それはもういい……」
はぁ、と頭を抱えてため息をつく。
いつまで助けるべきか、どう助けるべきか。
それは今後また考えるとして、俺はカエデに言葉を告げる。
「二つ、伝えておかなければいけないことがある。」
赤くなった瞳を向けて、カエデは俺の続く言葉をじっと待っていた。
一つはわざわざ言うようなことでも無いかもしれないが、二つ目を言うにあたり、言っておかなければならないと思ったことだった。
「一つ目だが、俺はゾンビ共を殺してここへ来た。一階に居たゾンビは粗方倒している。おそらくは、そこにカエデの"父親であったもの"も居ただろう。」
俺のその言葉に、カエデの目が見開かれた。
「っ……はい。」
仕方のないことだとでも言うように、静かにカエデは返事をする。
「ゾンビになってしまったらもう助からない。あれはもう死んでいるんだ。脳みそを壊してもう一度殺すことが、言わば救いなんだ。」
カエデは黙って俺の言葉を聞いていた。
たとえ、聖女イーリスでも完全にゾンビ化した者を治すことなんて出来ない。
そもそもが死んでいるのだ。
呪いを解いたところで、死者を生き返らせることなど、不可能なのだ。
だからこそ。
俺はそんなカエデの様子をじっと見つめて、言葉を続ける。
「そして二つ目だが。」
息が詰まるように、ごくり、とカエデの喉から音がした。
「俺はこれから、君の"母親であったもの"を殺す。」