百四十七話 幕間
11/7 一回目の更新です。
「本当に、ありがとうございます」
夕暮れ時の薄暗い室内に、しわがれた声が響いた。
「皆様方に来ていただかなければ、どうなっておったか……」
「そんな。頭をあげて下さい」
涙ながらに深々と礼をする老人に、少女は申し訳無さそうにそう言ってから、助けを求めるかのように俺の方を向いた。
その訴えに応えるかのように俺は肩をすくめると、仕方ないとばかりに口を開く。
「……そろそろ日も暮れる。礼がてら、一晩泊めてくれるとありがたいんだがな」
「えぇ、それはもう。精一杯おもてなしさせていただきます」
「寝るところだけ貸してくれりゃそれでいい」
「そう言うわけにもいきません。ここでしばしお待ちくだされ」
そう言うと、老人は俺達を残し足早に部屋を出て行った。
ドアが閉まると、一瞬だけしんとなった空気が部屋の中を包む。
「……すみません、アザミさん。でもいいんでしょうか、この村も余裕があるわけではないでしょうし」
「リンドウ。こう言うのは、素直に礼を受け取った方がいいってもんだ」
先程視線を向けてきた少女、リンドウの言葉にそう返して、俺は中央に置かれた木製のテーブルを囲む四つの椅子のうちの一つに腰掛けた。
それに倣うかのように、銀色の髪を揺らして褐色の肌の女性が隣の椅子をひく。
「その方が、向こうも気が楽だろうからね」
「ま、ロベリアの言う通りだな」
ロベリアはそう言って椅子に座ると、テーブルに肘をついて、空いた手でくるくるとその髪を弄ぶ。
胸元の開いた、というより全体的に布面積の低いロベリアの格好は、未だに少々目に毒だ。
そう思いながら、リンドウの隣に立つ幼い少女に目をやる。
「イーリス、どうした?」
「いえ……後で、村の皆様にお礼をしなければと思いまして」
幼い少女、とは言うが、その年齢は見た目通りではない。
ハーフエルフであるイーリスのその言動に、相変わらず人のいいことだと思いながら、一つ小さく息を吐く。
俺の隣に座るロベリアも、その言葉に少々呆れ顔だった。
どうせ言ったところで彼女は自分の思ったように行動するだろう。
何か危険があるわけで無し、好きにさせるとしよう。
……俺達勇者パーティーは、旅の途中立ち寄ったこの村で、魔物討伐を依頼された。
先程の老人はこの村の村長だ。
そしてここで俺たちがこうしているということは、つまりは無事に魔物は討伐出来たということ。
というより俺たちにしてみれば、その魔物らは大した敵ではなかった。
だが村の皆にとってはそうではなかったらしい。
俺たちがここを訪れるまで長く被害に遭い、村の者も何人か死んだりもしているらしかった。
国に救助を頼んだこともあったそうだが、結局来てくれなかったと言う話も聞いている。
小さな村だ、国にとってそれほど価値無しと思われでもしたのか。
こんなところでも、王国のくそったれ具合を感じることになるとはな。
そんなことを考えていると、ほどなくして村長夫妻が食事を携えて部屋に戻ってきた。
「こんなものしか出せなくて、申し訳ありませんが……」
テーブルに並べられた食事は豪勢とはお世辞にも言えなかったが、それでも決して裕福とは思えないこの村の精一杯の気持ちが込められているようだった。
「世界を救うという使命の最中、こんなちっぽけな村を救っていただき本当に感謝しかありません」
「いえ、困っている人々を助けるというのも、ボクたちの使命ですから」
「勇者様方は、この村の救世主でございます。何かありましたら、遠慮無く申しつけて下さい」
涙目になりながらいつまでもへりくだる村長夫妻の相手はリンドウたちに任せて、俺は視線を外した。
リンドウの言葉に、ふとひとつの感情を思い出させられたからだ。
それはこの世界に来て最初に口にはしたものの、以来外には出さずずっと抱えてきたこと。
こうして仲間と旅を続けてきてなお、それは俺の心の中に残っている。
俯き思案する俺に、イーリスとロベリアの視線が向いているのが分かった。
+++++
「あら、リンドウは?」
「もう少し、一人で剣を振っているとさ」
食事を終え、日課であるリンドウとの模擬戦を終えてから村長宅に戻ってくると、一人椅子に座り手持ち無沙汰そうにしているロベリアがいた。
「イーリスも、まだ戻ってきてないか」
「えぇ、村人の怪我の治療やらなにやらしにいったきりよ。律儀なことね」
ロベリアはそう言って椅子から立ち上がり俺に近づくと、ふわりとその手に魔力を込めた。
淡い光が俺の全身を包み込み、同時に爽やかな空気が鼻腔をくすぐる。
「すまん、助かる」
「いーえ」
ロベリアの『浄化』の魔法だ。
本来悪しきものを滅するのに使ったり、呪いに冒されたものを祓うのに使ったりするものだが、衣服と身体の汚れをある程度落とせるようロベリアが改良したらしい。
さすがは大賢者様、と言ったところか。
模擬戦で使った筋肉をほぐす様に一度体を伸ばす。
ロベリアは椅子に座り直し、俺のその様子を伺っていた。
「……ねえ、アザミ」
目を瞑り首を軽く回してから、彼女の方を向く。
見れば、随分と神妙な顔つきのロベリアがそこにいた。
「どうした、そんな顔して?」
「……改めてこんなこと言うのも何だけど。私たちのこと、恨んでいるかしら」
彼女は静かに俺に言葉を投げかけた。
哀しげでもあり、また罪悪感を孕んでいるかような瞳を真っ直ぐに向けて。
「なんのことだ?」
「誤魔化さなくてもいいわよ。アンタさっき、難しい顔してたわ。リンドウと村長さんが話してた時」
「……よく、見てるんだな」
あの視線はそういうことだったのかと、気まずくなってぼりぼりと頭をかく。
まるっきりとは言えないものの、心を見透かされた感じがして、少々居心地が悪い。
「アンタにとってこの旅は、あの子の言うような使命とかそんなの関係ないもの。こんな旅に付き合わせて、恨まれても仕方ないと思っているわ」
俺があの時考えていたこと。
それはロベリアの言うように使命のことや、また救世主のこと。
正直に言ってしまえば、俺はそんな大それたことに興味はなかった。
リンドウが言ったような使命なんてものは抱いていないし、まして村長が言ったような救世主なんて立場であるとも思っていない。
今俺がこうして彼女らと旅をしているのは、まさしくロベリアの言う通り、単に自分が元の世界に還るためのものであり、俺にとってはそこにそれ以上の意味なんてなかったのだ。
だがこの話は、ただそれだけの話だ。
それで彼女らをどうこう思うようなこともない。
「何を勘違いしてる。それにもし恨むなら、俺を喚んだ、この世界の女神様とやらを恨むさ」
むしろ、大袈裟に言えば感謝の気持ちを抱いているとすら言える。
俺とは違い、彼女らにはこの世界の人種族を魔族から救うという目的がある。
しかし結果としてそれは俺の元の世界への帰還に繋がるものであり、ある意味それを手伝ってくれていると言えなくもないからだ。
「そう。それなら、いいのだけれど」
「あぁ。ただ、使命やら救世主やら、そんな言葉はやはりどうにもしっくりこないが」
「ふふっ……それは私も同じよ。私も、救世主なんて柄じゃないもの」
ロベリアはそう言うと、脚を組んでテーブルの方に向き直しては頬杖をつく。
俺の答えによほど安堵したのか、随分とリラックスしている様子だった。
「……でも、この村の人たちにとっては、私もアンタも、間違いなく今日この村を救った英雄なのよね。それは、認めてもいいんじゃないかしら?」
「俺にとっちゃそれも含めて"ついで"だからな。興味もない」
「……もう」
望んだ答えを返さなかったからだろうか、ロベリアは唇を尖らせてため息をついた。
「……ねえ、アザミ」
「ん?……と、二人とも戻ってきたか」
ロベリアの再びの呼びかけと同時に、気配感知の範囲内に二人の気配が入ってくるのが分かった。
この気配は、リンドウとイーリスだな。
「で、なんだ?」
「あー、ううん、なんでもないわ」
彼女の言葉に首を傾げているとすぐにノックの音がして、二人が静かにドアを開けて部屋の中に入って来た。
イーリスは少々疲れの見えるその顔に、僅かに不安そうな色を浮かべて、俺の方を見る。
そう言えば、あの時はロベリアだけでなく、イーリスも俺の様子を伺っていたか。
案外と、ロベリアの話は彼女の仕業なのかもな。
もしくは、二人で相談でもしたか。
「ま、それなら、俺は先に休ませてもらうとするか」
そう言って俺は二人のいる、ドアの方に歩き出す。
「……また明日な」
すれ違いざま、心配そうな表情を浮かべるイーリスの頭に一度軽く手を乗せてから、俺は一人部屋を出た。




